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第13回
「倦まず弛まず力まず凝らず」

ゲスト/榊原 隼 さん
著作/『還元の奈落』


今回は、ひさびさの出張インタビューを敢行しました。ゲストは榊原隼さん。
榊原さんの知己を得たのは十数年前。『還元の奈落』を一読するなり、発想のおもしろさとハードボイルドのシブさに引き込まれてしまったことを思い出します。

撮影旅行(仕事です)に合わせてインタビューさせていただいたのですが、前日に福岡西方沖を震源とする大きな地震が発生したばかり。大きな余震に備えて、大濠公園を散策しながらのインタビューとなりました。ここなら危険なものが落下する心配はありますまい。

※写真は筆者撮影。



〈その1〉 300枚の小説に、習作330枚

Web Publishing AZUSA(以下、――) 昨日の地震は怖かったですねえ。阪神淡路大震災を思い出して、びびっちゃいました。こうして話しているあいだも余震がひっきりなしだし、榊原さんに会うというより、地震に遭うために博多まで来たようなもんですよ。

榊原 震度6弱。揺れの割には被害はそれほど大きくなさそうですね。こうして編集長にも会えたし。

 ――息災のようで何より。2年ぶりになりますか……。サイト発足時にライブラリー収蔵の許可をいただいたとき以来ですね。
 生まれ育ちは北海道、学校は東京、お仕事は大阪・福岡。関西には数年しかいなかったんじゃないんですか。

榊原 1991年から2年半ほど。それからずっと福岡支社ですよ。九州なんて、と思っていたんだけど、すっかり馴染んじゃって。もう大阪本社には帰りたくない(笑)。

 ――福岡に転勤したことのある方は、よくそうおっしゃいます。なに食ってもうまいって。

榊原 北海道に共通するものがあるんですよね。味つけとかではなく、食材の生きのよさという点で。北海道を出て以来、はじめて刺身がうまいと思えたのが、この博多だった。どうですか、何でもうまいでしょう? 天神や中洲には行きました?

 ――キャナルシティやマリノシティがメインですよ。撮影旅行ですから、遊ぶ暇なんて……。

県営大濠公園。約22万6千平方メートルの池を有する、全国有数の水景公園

榊原 夜は暇でしょう。

 ――フォトグラファーと写真の選定および取材メモの検討でつぶれちゃいます。こういうとき、デジカメの便利さが鬱陶しくなりますな。現像ラボに出していた時代が懐かしい。まったくデジカメとノートパソコンってやつは……(編集部註:とりとめのない愚痴が続くため、省略します)。
 それはさておき、創作のほうはいかがですか。

榊原 創作メモはまめに書いてるんですが、作品となるとなかなかね。『還元の奈落』を
書いたときのスタイルでは、書き通せそうにないから。

 ――スタイル? 以前はどんなスタイルだったんですか。具体的に教えてください。

榊原 まず、枚数を決めるんですよ。最初は30枚くらい。

 ――そのとき、ストーリーはすでに決まってる?

榊原 だいたいは。枚数の見当をつけるのが苦手だから、とりあえずストーリーらしきものを書いてみよう、と。だから、初稿は習作ですよね、ぼくの場合。一発OKなんてありえないし、狙ってもいません。
 30枚書いてみると、その物語の素性が見えてきます。乗れるか乗れないか、短篇向きか長篇向きか。

 ――習作というよりも、長い梗概という感じですな。

榊原 『還元の奈落』の初稿は、まさにそうでしたね。最終稿は初稿の10倍ほどの長さになりましたから。
 もちろん、いきなり長篇になったわけではなく、100枚、200枚という段階を経ています。

 ――ちょっと待ってください。書いてるうちに増えてゆくのではなくて、100枚、200枚が独立した作品なんですか。

榊原 ええ。キャラクターや設定に肉付けして100枚に、キャラクターを増やして状況を複雑にして200枚に、エピソードを加えつつ構成を大幅に変えて300枚に。それぞれ完結しています。

 ――マイナーチェンジというよりもフルモデルチェンジ! とはいえ加筆が中心になるんでしょ? ふくらし粉をばんばん入れて。

榊原 短篇から中篇・長篇に持っていくわけですから、加筆だけでは到底無理ですよ。それぞれ一から書き起こしました。もちろん、流用できる部分は使っていますが。

 ――あの作品の下には330枚の習作が眠っているわけですか。

榊原 習作だからといって実験的だったり作者にしかわからないものじゃないんです。それぞれおもしろい作品だ……と思います。

 ――厭きませんか、稿を重ねてゆくうちに。

榊原 書きながら、いろんなキャラクターやエピソードが浮かびます。しかし、すでに執筆にとりかかっていますから、その作品には反映できない。整合性が取れなくなってしまいますからね。それらのエレメントやファクターは、次の原稿にぶち込む。

 ――きりがないでしょう? 大長篇、いや、ライフワークになってしまいますよ。

榊原 新しいキャラクターやエピソードが浮かばなくなったとき、「ああ、これが最終稿なんだな」ということがわかります。それまでは、厭きるどころか楽しいくらいです。


〈その2〉 テーマはアイデアの副産物

 ――時間がかかるでしょ、その書き方って。持久力がなきゃできませんよね。

榊原 いや、むしろ瞬発力でしたね。ヒラ社員のころは比較的まとまった時間が取れたから、集中して書けました。200枚の原稿なら、脱稿までひと月くらい。
 現在は、家族もあり部下もありですから、自由になる時間はどうしても細切れになってしまう。それをどう活用するかが問題でね。時間は貯金できないし……。だから、習作を重ねてゆくようなスタイルでは、最終稿まで何年かかるかわりません。これからは持久力が必要でしょう。パソコンみたいに、マルチタスクができればいいんですけどね。

 ――マルチタスク?

榊原 ひとつのCPUが複数の仕事を同時にこなすという、あれです。同時に処理しているように見えるけど、こまかく振り分けてるんですよね、瞬間瞬間で。
 それと同じように、ふっと時間が空いた瞬間、たとえ数行でも小説を書ければいいですね。積み重ねれば、まとまった量になりますよ。

 ――それこそ瞬発力じゃないんですか?

榊原 瞬発力というのは、そのたびにテンションを高めなくてはならないから時間のロスが大きいでしょう。書ける、と思ったときには時間切れだったりして。
 いつでも書ける状態であるためには、持久力しかないでしょう。つねに軽く「負荷」をかけておくことで、頭がアイドリング状態になるんじゃないかと思います。そうできるといいなあ。

 ――それって流行作家のスタイルじゃないですか。複数の作品を同時に執筆するマルチタスク状態。
 職業作家の場合は、それが仕事ですから「負荷」もかかるのでしょうが、榊原さんの「負荷」とは何ですか。

榊原 アイデアでしょう。こんなおもしろいアイデアを独り占めしておくわけにはいかないぞ、という意識。

 ――逸(はや)る気持?

榊原 そう。アイデアによる圧迫。

 ――それなのに、今は書いてないんでしょ?

榊原 ワンアイデアで突っ走ると、あとがたいへんだから。アイデアを組み合わせるのに時間がかかるんです。浮かんできたままのかたちを、単純に組み合わせるだけじゃだめだしね。

 ――テーマについては?

榊原 深く考えたことないなあ。

 ――え。

榊原 小説をとおして訴えたいことなんかないし。

 ――しかし、『還元の奈落』からはおちこぼれの意地が伝わってきましたよ。ネタばれになるからこれ以上は言えませんが、しっかりとした核がある。それがテーマじゃないんですか。

榊原 それは副産物なんです。おっしゃている「核」は、下水道チェイスというアイデアを、物語にふくらませるプロセスから生まれました。
 組幹部たち、凄腕の追跡者、警視庁の面々などのキャラクターや背景も、物語を補強するために考え出したものです。
 なぜ追われるのか? 逃げ切れるのか? というサスペンスを醸すためには、人間関係やさまざまな思惑が立体的に絡まなくてはなりません。そこから生まれたものに意味を見出すのは読者の勝手ですが、ぼく自身、何かを訴えようという意図はありませんでした。楽しんでもらえれば、それで満足です。

 ――テーマは副産物……。こういうことばが飛び出すから、このインタビューはやめられないんですよ。
 では、キャラクターはどのようにして作り出すんですか。


〈その3〉 ご都合主義にもの申す

榊原 物語の足を引っ張る人間かな。スムーズな物語進行を妨げるパーソナリティと言ってもいいかもしれません。ありふれた人物でいいんですが、物語の流れに抵抗する――つまり、読者の予想をひっくり返すような部分を持つ人物でないと、予定調和的な甘いものなってしまうんじゃないですかね。

 ――甘さはご都合主義に通じる?

榊原 そうです。ご都合主義だけは何とかしないと。

 ――アマチュア、プロかかわらず、ご都合主義って多いですよね。ご都合主義が見えたとたん、がっくりきちゃいます。あわやというときに助っ人がやってきたり、不思議な力が急に使えるようになったり……。いい気なもんだ、と思います。
 去年だったかな、『東京ゴッドファーザーズ』という映画を見たんですが、ご都合主義の連続で話が進んでいくんですよ。もちろん、主人公たちは苦境に陥ったりもするんですが――。

榊原 ぼくも見ましたよ。つまらない映画だな、と思ってたんだけど、評判がいいんですね、あれ。

 ――かなりのもんらしいです。どのあたりがつまらなかったんですか。

榊原 クリスマスだから奇蹟も起きるさ、という発想がいやでしたね。ご都合主義に免罪符をみずから与えたもんじゃないですか。もう何でもありですよ。
 おっしゃるように、幸運な偶然の大安売りで話が進みますよね。最後の「あれ」のためへの助走というか蓄積というか、そういう見方もあるでしょうが、あそこまで臆面なくご都合主義をやられると、緊張感もへったくれもありませんよ。「どうせまたうまくいくんだろ」と観客に思わせたらおしまいでしょう。
 それに、応援したい主人公がいないというのも致命的です。

 ――いわゆる社会の弱者だし、がんばれっていう気になりませんでした?

榊原 ホームレスだからどうのと言っているんじゃないんですよ。全員後ろ向きなのが、応援できない理由なんです。
 主人公たちは努力しない。あるのは情念だけです。情念だけじゃ奇蹟は起きませんよ。苦境をはねのける努力をした者に、奇蹟が起きるんです。それも超自然的なものではなく、絡み合った状況から解決策が飛び出すというかたちで。
 発想の段階から易きに流れると、奇蹟は“棚ぼた”程度のものになってしまいます。奇蹟を描くのなら、小出しにせずに最後にどんといかなきゃ。
 キリストと東方の三博士を模しているんでしょうけど、あれも不自然だった。超自然的な奇蹟を描くためには無理やり持ってきたようです。ホームレス仲間の女の子なんて必要なかったんじゃないかな。おかまとおっさんだけでよかった。

 ――なるほど。言われてみると、そんな気がしてきました。

榊原 これもご都合主義にかかわることなんですが、最近、アマチュアの小説を読んで気になるのは、ことの真相があとになって、「じつは……」というふうに明かされるパターンが多いということ。伏線を張ってきたうえでの「じつは……」なら、そうだったのか! と感心しますが、なんでもかんでもクライマックスで説明する節操と工夫のなさが目につきますね。後出しジャンケンなら何でもありですよ。「名探偵、皆を集めて『さて』と言い」じゃないんだから。

 ――ありますあります、そういう作品。「じつは……」ですべてを片づけるんですよね。わたしたちは「週刊じつわ」と呼んでますが。

榊原 ………。

鳶や鵜が群れ集う鴨島季節の野鳥が見られるのも大濠公園の魅力だ

〈その4〉 5枚先を見つめて書くために

 ――そ、それはともかくとしてですね、執筆環境などを教えてください。

榊原 現在はアイデアをまとめているくらいだから、たいしたものじゃありません。古いデスクトップをだましだまし使っているだけです。主な用途は、企画書の原案作りとWEBブラウジング、メールのやりとりです。エクセルとワードを同時に開くと落ちます。

 ――なるほど。着筆時に買替えとか?

榊原 べつに不満はないから、当分は現状維持ですね。

 ――オンライン小説を読んだりします?

榊原 けっこう読みますよ。主に短いものばかり。

 ――短篇が好きなんですか。

榊原 長篇はモニターを眺める時間が長くなるから、目の健康を考えてパス。フォントや配色が適切でないサイトは、それだけでスキップです。

 ――テキストファイルにおとして読んでくださいよ。
 縦書きテキストリーダーを使えば、それほど疲れませんって。おもしろい作品もたくさんありますしね。オンライン小説に抵抗がなければ、ぜひ、テキストリーダーで。

榊原 ま、ぼちぼちいきます(笑)。

 ――さて、最後に、オンライン小説の書き手にメッセージをお願いします。

榊原 最後まで書いてください。
 このひと言に尽きます。途中で「失敗かな……」という予感がしても、投げ出さずに書いてください。書きづらいと思いますが、そのときの心理的な抵抗感をおぼえておくことは、勘を養ううえでは大切です。どうせ習作だから、と腹をくくったとたん、筆が進みはじめることもあります。
 出来の良し悪しはともかく、作品を完成させてこそ創作体験は蓄積され、それが自信になるんですね。最初は一字一句に悩んでいたのに、いつの間にか5枚先を見つめて書いている自分に気づくはずです。
 倦まず弛まず力まず凝らず、物語を編んでいってください。以上です。

 ――本日はお休みのところ、どうもありがとうございました。余震もしばらく続きそうですから、お気をつけて。

榊原 こちらこそ、懐かしい顔を見ることできてほっとしました。ありがとうございました。



近隣の西公園に移動。博多漁港を望む 西公園内光雲(てるも)神社のマッチョ狛犬




新幹線の時間もあり、当日夕刻には博多を離れました。したがって、天神や中洲の夜のにぎわいとは無縁でした。残念。
博多駅まで見送りに来てくれた榊原さんが、うれしいことばを最後におっしゃいました。

「創作について、これほど多く話したことは近年なかった。小説を書きたくてしょうがなくなってきましたよ」

福岡まで来たかいがあったというものです。時間はかかるでしょうが、書いてください。Web Publishing AZUSAはいつでも大歓迎。アイデアの輻輳から生まれるセンス・オブ・ワンダーで、わたしたちをもう一度楽しませてください。


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