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第12回
「最後まで書かせてくれてありがとう、子供たち」

ゲスト/星野すばる さん
著作/『光と闇のはざまで』


舞台は異世界。登場するのは、すべてを呑みこむ闇を狩る人々……。ファンタジー好きにはたまらない設定ですが、ありきたりのファンタジーとは一線を画す“成長物語”に仕上げた腕から並々ならぬ才気が伝わってきます。

今回は新春特別企画として、『光と闇のはざまで』をお書きになった星野すばるさんをお迎えしてインタビューを敢行。
2005年の幕開けにふさわしいスーパーロングインタビューをお届けします。

事前リサーチと取材をもとに構成しております。


〈その1〉 創作は、活動というより自分の一部

(以下、――) のっけから小説とは関係ない話で恐縮ですが、運営しておられる『星狩人』さんの壁紙はオリジナルですよね?

星野 はい。自作CGです。

 ――達者ですなあ。「Illustrations」を拝見しましても、CGだけではなくてアナログ塗りをベースにされたりしてて……。相当、ハードとソフトを充実させてるなとにらんでるんですが。

星野 いきなりマシンの話ですか(笑)。
 モデルはDELL Dimension4600C、OSはWindowsXPでIntelPentium4、CPUは2.8GHz、メインメモリは1GB。1番のご自慢はグラフィックメモリとしてGeForce4を搭載してること。

 ――すごい。プロ並みのパワーじゃありませんか。

星野 ええ、Photoshopが快適に動く環境を作りたかったんで、ハードマニアの弟に相談した結果、こうなりました。おかげさまで、ハードディスクは40GBで、DVDは搭載できませんでした。予算の都合、後付けできるものは捨てたんです。でも、これの前に使ってたハードはたったの6GBでしたからね。これに比べたらはるかに大容量です!


星野さんのアトリエ

 ――はあ。しかし、写真で見るかぎり、モニターは……。

星野 17インチ・ブラウン管です。なぜ今時期購入で液晶じゃないのか? 答は、液晶の発色が許せない!

 ――おっしゃるとおり! 液晶に非ずばモニターに非ずという風潮が、日々強まっていますが、発色のなめらかさではブラウン管に勝るものはないんじゃないですか。「重たいからたいへんでしょう」なんてからかわれたりしますが、モバイルするわけじゃなし、これでいいんです。ブラウン管上等!
 それで、発色のどのあたりが許せないんですか。

星野 淡い色目の微妙な差! これが本当にダメ。全然出てません。カラーにものすごくこだわるので、とにかく許せない。他の環境下で違って見えるのはしかたないんで、いいんです。自分の見てるものが、自分の意図する発色でないと、ものすごくストレスになる。だから、画面ちらつこうが、場所とろうが、私はブラウン管を使い続けます!

 ――えらい! 星野さんと「ザ・ブラウン管ズ」を結成したくなりましたよ。

星野 是非やりましょう(笑)。
 それにしても、マシンの話だけでこんなに盛り上がるのは私ぐらいでは……(笑)。

 ――ところで、ビジュアルやグラフィックに一家言を持つ星野さんですが、それ一本で行こうとは思わなかったんですか。それとも、小説も同時に始めたとか?

星野 ビジュアルが先でした。漫画ですね。でも、実際に始めたのは高校入学後です。小さいころから空想するのは好きだったんですが、時間に余裕がなくて……受験戦争から解放されてやっと自分の時間を持てるようになり、具体的な形で表現したいという思いが爆発したわけです。で、それまでろくに絵も描いたことなかったのに、漫画研究会に飛びこんだんですよ。我ながら、いい度胸です。このころから当たって砕けろの精神で突っ走ってたんですねー。

 ――まずは一歩踏み出すことですよね。誰に迷惑をかけるわけじゃなし。

星野 そうそう、やってみなきゃ分かりませんから。でも、見事に壁にぶち当たりましたよ。案の定というか、腕がついてこない。自分の創りたいものにならない。絵だけの問題じゃなくて、漫画という表現法に対するセンスがないんだから、どうしようもないですね。それなら小説はどうだろうと、ためしに文章書いてみたんですよ。

 ――“でも・しか”で小説? こういうゲストは初めてです。それで?

星野 漫画より手応え感じましたね。結局、表現できれば手段はどちらでも良かったんで、この時点であっさり方向転換してしまいました。当たって砕けても、すぐに立ち直って次の目標に向かえるのは私の長所であり、短所でもあり……。
 とにかく、意識して文章を書くようになったのはそれからのことなんで、まだ15、6年ってところですね。

 ――ほんものだったということですね。当たって砕けろは、決して短所じゃありませんて。
 漫画には向いていなかったかもしれませんが、絵を描くのはお好きなんですよね。具象から抽象まで、いい感じですよ。

星野 ありがとうございます。そうですね、結局絵を描くことからは離れられません。アナログは減って、最近はもっぱらCGですが。自分の手では表現し切れなかったことがコンピュータではできてしまう……それから病み付きです。
 文章とはまた違った形で自分の創造力に挑戦し、表現できるので、この分野も私にとっては重要な活動の場です。

 ――小説とイラストをひっくるめて、創作活動から得られるものとは?

星野 創作は、活動というよりすでに自分の一部になってるので、あえて「これ」というものはないんですが。まったく何もしなくなると、多分張り合いがなくなって萎んでしまうでしょうね。定年後のサラリーマンのように。そういう意味では、やはり自分を保つための手段であり、生きていくうえでの力の源でもあるわけです。

 ――では逆に、創造力を刺激するものは何ですか。

星野 何かに感動したときですね。音楽や風景、絵画、あるいは戦争など、なんでもいいんです。何かに強く心を動かされたとき、その気持ちを形にしないと気がすみません。

 ――なんでもいい、というのがいいですな。森羅万象、すべてが刺激を与えてくれるというわけで。
 で、気持が形になっちゃうと、やはり人に見てもらいたくなる。わかりますわかります、それがクリエイター魂というものですよ。ネット以前は、発表の場はどういったところだったんですか。

星野 えぇと……いわゆる公のものとしては何も。投稿した経験はありますが、一つも採用されませんでしたねぇ。
 元々同人界――コミケという奴ですね――にいたので、自費出版という形ではちょっとだけ発表してます。オリジナルも二次作品も経験済み。
 インターネットに出会ってから、その活動の場がサイトに変わったわけですね。「出版費用かからない分、お得だ!」とニンマリした覚えが……。実物は残ってません。

 ――ネットを得ていちばん喜んだのは同人誌に関わる人たちだったのではないかと思います。個別の同人誌市場は小さいけれど、集積によってそれなりの規模になりますもんね。おっしゃるとおり、デジタルデータの流通が前提なら、印刷や製本という制作コストがゼロになる。さらに、興味はあるけど近寄りがたいという人も、じっくり吟味して購入に踏み切れるわけですから。同人誌にかぎらず、創造的なものが流れてナンボなんですよね、ネットワークというのは。
 他にトライしてみたい分野はありますか?

星野 そうですね、創作舞踊やってみたいです。やるというか、再開したい。数年前にモダンダンスをやってたんですが、体がついていかなくて続かなかったんですよね。でも、昔から踊るのは大好きなんです。それも、バレエみたいに形の決まったものではなく、自由に自分の想いを表現したい。
 今ちょっとベリーダンスが気になってて、教室探してるんですよ。いい教室が見つかれば、本当に始めちゃうかもしれません。


〈その2〉 類型的なファンタジーへの反発と「マイ・基準」

 ――「この教室が最高!」という情報をお持ちの方は、ぜひ星野さんにメールを。
 さて、作品についてお訊ねする前に、文章について教えていただきます。星野さんの文章は、字面が美しいうえ、非常に映像的ですね。しかも論理的。何か特別なトレーニングでもなさったんですか。

星野 特別なことは、何も……初めて文章というものを意識して書いたのは、高校受験のときの小論文でした。練習法として、とにかく新聞のコラムを読めと言われましたから、論調やら切り口やら、まねっこするつもりで書きなぐってましたね。
 私の文章がやや硬めで説明くさいのは、このときの後遺症かもしれません。

 ――何をおっしゃいます。全然説明くさくありませんよ。

星野 本当ですか? よかった!
 それで、この「まねっこ」はその後も癖のようになってしまったみたいで、論文だろうが小説だろうが、読んだ文章は一旦頭に取り込んでおくようになったんですよ。
 丸覚えというわけじゃなくて、型とか言葉の使い方といった要素を拾い上げる感覚で。意識してなくて、本当に読みながら自動的にこの作業をやっちゃうようになったんで、癖ですね、完全に。

 ――音楽なら耳コピ。絶対音感が必要というやつ。それを文章でやるなんて、おまけに癖になってしまっただなんて……。おとろしか。

星野 絶対音感がなくて音楽では苦労させられたんですが、文章表現では勝ち組に入りましたね(笑)。
 で、拾い上げて蓄積されたものは、「書く」という実際の行為によって適度に混ざり合い、年月をかけて熟成されて、今の形になった、というわけです。
 いやいや、まだまだ熟成中。寝かせれば寝かせるほど味わい深くなっていくんですよ……て、何の話をしてるんだか(笑)。

 ――いやはや、驚きました。となると、漢字の用い方にも、かなり気を使ってらっしゃるんでしょうな。

星野 慣用表現は別として。その漢字の本来持ってる意味が活かされるなら使う、意味をなさないときは使わない。たとえば「可笑しい」とか「出来る」とか。こういうのは漢字を使うことに意味はないですよね? こういうときは使いません。これは一般的なルールでもありますが。
 とにかく、本来の意味には忠実であるように心がけてます。たとえば「わかる」という動詞。理解できたという意味の「わかる」、持ち物などを判別できたという意味の「わかる」、了解しとたいう意味の「わかる」。普段は、これ全部「分かる」と書いてますが、特に意味を強調したいときは「解る、判る」と書くようにしています。だから、気になるときは必ず漢和辞典で調べてから使うようにしてますよ。漢和辞典はお友達です。

 ――ちなみに、どんな辞書をお使いですか。

星野 一般的な国語辞典、漢和辞典、それと、今書いてる話にドイツ人が出てくるんで独和・和独辞典も手放せません。元々ドイツ語の響きは好きなので、意味もなく辞書をペラペラとめくってますが。
 この他は、特に使ってませんね。最近はオンラインで簡単に調べられるようになりましたし。本当に便利な世の中になりました!

 ――同感です。「リンク文殊舘」を手がけるようになってから特にそう思います。深い方はとことん深いですからね。おまけに無償。そこらへんの商用サイトなど足元にもおよばないくらいの質の高さには驚かされます。
 では、いよいよ『光と闇のはざまで』のお話をうかがいます。
 ビルドゥングス・ファンタジーと勝手に呼ばせていただきますが、あの独自の世界観はどのようにして創造されたんですか。

星野 10年くらいになるのかな。なにぶん長い付き合いなので、細かい過程は忘れてしまったんですが……。当時、ドイツに強い憧れをもってました。ドイツといえば黒い森。よし、森を舞台にした話を書いてみよう、と。なぜこういう流れになったのか、はっきり覚えてません。
 それから、あのころはRPGの影響でファンタジーといえば「異世界を舞台に、剣と魔法でチャンチャンバラバラ、エルフにドラゴン、ゴーレム他モンスターを出しときゃOK」みたいな風潮があったんで、そんなモンだけがファンタジーじゃねぇと、やけに反発してたんですよね。そこで、RPGの要素と思われるものを省きまくって、残ったものだけ利用して肉付けしていきました。

 ――なるほど、あの渋さはそこから来てたんだ。ありきたりのファンタジーとは一線を画してましたもん。

星野 読むときも、少しでもRPGの「におい」がする作品は徹底的に排除してましたよ。当時は若さゆえか今よりもずっと狭量で、好き嫌いが激しかったんですねー。なんせ、ファンタジー作家にとってはバイブルとも言える『指輪物語』を、あれはRPGの原典だから絶対読むもんか、と無視してたくらいです。どういう作品か知っていれば、あえて読む必要はない、というわけで。あんまり誉められたこっちゃないんですが。
 おかげさまで、具体的な展開は映画で知りました。本当です。

 ――物語の骨格は、異世界でなくともじゅうぶん通用するものなんだけど、ああいう世界観だからこそ生きてくるというか。まさに、テーマと背景がマッチングした作品でしたね。ファンタジーが苦手という方にも受け入れられるんじゃないですか。

星野 ええ、まさにそういう感想をいただきましたよ。世界観を理解する自信がないからあまりファンタジーは読まないという方が、この作品はスーっと自分の中に入ってきた、と言ってくださったんです。世界観に引っかからずに、素直に物語を楽しむことができた、と。すごく嬉しかった。

 ――それは何でしょう? リアリティ?

星野 そうですね、リアリティ……。
 ファンタジーで、特に世界――舞台装置――をすべて自分で創る場合、確かに何でも有りですよね。その人が創造主なんですから、どんな生き物がいようと、どんな植物が生えていようと、基本的にはかまわない。だけど、それぞれがちゃんとそこに根付いてなければ嘘くさい。私は、どんなに荒唐無稽でも、その世界に違和感なくおさまっていれば問題なしだと思ってます。私にとっては、それがリアリティ。

 ――言うは易しですが、そのために必要なことを具体的にお願いします。

星野 言い換えれば、説得力でしょう。どんなに荒唐無稽な世界でも、読み手を納得させられるだけの力があれば受け入れられる、と考えてます。それはなにも文章の上手下手じゃない。文章の勢いってありますよね。あと、人を惹きつける力。
 結局、自分の創り出した世界をどこまで自分のものにしているか、にかかってると思うんです。自分でも辻褄を合わせられない世界じゃ説明もできないし、当然魅力を訴えることもできない。それでは読み手をしらけさせてしまう。そこのところを意識しているか、いないかで、かなり違ってくるはずです。

 ――しかし、完全な無から独自の世界を立ち上がらせるのは、かなり困難じゃないんですか。
『光と闇のはざまで』にはドラゴンやユグドラシルというおなじみのアイテムが出てきます。ドラゴンがOKなら、エルフもOKということになりませんか。

星野 フッフッフ、そう突っ込まれると思ってましたよ。ええ、出てきますとも。でも、そこには明確な「マイ・基準」が存在しているのですよ。それは何かというと、引用が原典か否か、です。
 話に出たので具体例でいきますと、まず、ドラゴン。あれはたいがいの神話伝説に出てくる生き物ですね。姿や役割に多少差はありますけど。それから、ユグドラシルといえば北欧神話。これらは原典からの引用になるので、そのまま使ってOK。逆に、エルフはトールキンの影響が強いから、そのままでは絶対に使わない。そういう種族を出したければ自分で姿や名称を与える。こんな感じですね。
 ファンタジーはどこまでが原典なのかわからない場合が多く、知らず知らず、誰かの創造物を借用してる可能性が高いです。特に『指輪物語』はバイブルと言われてるぐらいですから、引用率が高いのもしかたないと思いますよ。でも、あれは原典じゃない。だから、それがさも初めからこの世にあったものとばかりに、なんの疑問も持たずに使うのはどうでしょう?
 本当に自分の世界を創りたいと思うなら、やはり原典を知るべきです。世界各地の神話、伝説、民話……つまみ食い的な解説本でも十分ですから、少なくとも本気でこのジャンルと付き合っていこうと考える方は、一読しておくべきだと思いますよ。

 ――やっとすっきりしました。「閑々随筆」でも書いたんですが、創作物から学ぶことに違和感をおぼえない人が多いんですよね。刺繍を裏側から見ているようなものです。原典の存在を知るだけでも意義があるんですが……。
 説得力のあるリアリティということに関わってくるんですが、登場人物が勝手に動きはじめたことってありますか。

星野 最後まで書き上げることのできた作品というのは、例外なくキャラクターが勝手に動いてます。だから、どの作品のどのキャラクターか、と言われても困るんですが……。
 動きやすさの違いなら、ありますね。今サイトで連載中の話のキャラクターは付き合いも古いせいか本当にやりたい放題やってくれるんで、逆にこちらがストップかけることもあるくらいなんです。多分、彼らが一番動いてくれるキャラクターでしょうね。
 私は頭の中にある映像を文章に起こしていくというスタイルなんです。とにかくキャラクターの好きにさせてやる。そのうち彼ら自身もやりたいことが決まって「ここのエピソードはこうだ!」というのを私に訴えてくる。訴えるというか、実演してくれるんですよね。それを文章に起こしていくのが私の仕事。
 逆に言えば、キャラクターが動いてくれない状態では作品が仕上がりません。

 ――あ、わかった。星野さんは映画監督なんだ。自分の役割がわかっている役者のアドリブをコントロールするという仕事を嬉々としてこなしてらっしゃる。
 そんな登場人物たちの造形は、どのように行うんですか。

星野 対比、でしょうか。主人公をある程度固めたら、そのキャラクターに無いものを補うような感じで他を設定していきます。後は話の流れや必要に応じて随時。

 ――ちょっと待ってください。「話の流れや必要に応じて随時」って、構成の段階では全員が揃っていないということですよね。
 作品の組み立て方を、着想の段階から教えてください。

星野 着想ですか? うーん……落書き帳にダラダラとイラスト描いてるときが多いですかね。でたらめになんとなくキャラクター描きながら、「この子は巫女かもしれないなー。神様はギリシア風かな、それとも一神教かな。うん、一神教にしよう」みたいな感じで、思いつくまま肉付けしてるうちに話が見えてくる。
 キャラクターだけでなく風景のときもありますんで、「ビジュアル」がポイントなんですね、きっと。

 ――そこで浮かんでくるのはテーマですか? ストーリーですか?

星野 どっちも有りです。キャラクターから入ったときはストーリーですし、風景のときはテーマ。
 落書きがある程度形になってくると、何か訴えかけてくるんですね。拾い上げると、それはセリフであったり場面であったり、その風景を見つめているものの「想い」であったり。とにかく「ビジュアルと連動した言葉」ですね。

 ――なるほど。ビジュアルありき、ですか。そのことばを次にどうするんですか。寝かせておく? 何かに定着させる?

星野 そのまますぐに肉付けして、大まかな枠組みを固めてしまいます。ここまでは大抵一気にやりますね。形としては文章かな。落書きの横に、始めは箇条書きしてるんですけど、いつのまにかシナリオになってたり。漫画家さんのようにコンテ切ってるときもありますよ。これはあとで見たら笑えます。

 ――ますます映画監督ですな。文体も作品ごとに変えますか。

星野 変えます。基本は同じなんですけど、語尾や言葉の選び方などで、差をつけるようにしています。やっぱり、文章だけでも作品の雰囲気って変わりますから。
 基準ですか?
 コメディのときは、歯切れよくテンポを出すように。くどくど説明しない。セリフが続いても気にしない。場合によっては、話し言葉に近づける。
 シリアスのときは、前はわざと回りくどい表現とか使って硬さを出してるつもりだったんですけど、こちらにお世話になってから、あまり意味がないということに気付きまして。今、見直してる最中です。でも、硬さは残したいですね。なんせ、論文から入った人間なんで、硬い文章が心地よいというか(笑)
 作品だけでなく、場面によってもわりと変えてますよ。アクションシーンは短く、語尾を統一して臨場感を出すようにしてますし、心理描写のときは1人称にして、疑問形でたたみかけるようにしてみたり。全体の雰囲気を壊さない程度に、ですけどね。やりすぎて統一感のない、バラバラな文章になったら意味がないので。

 ――かなり神経を使っていますね。構成は結構がちがちに固めるんですか。

星野 いえいえ、大まかな方向性だけ決めて、後はキャラクター任せの出たとこ勝負です。予定しているラストが変わることはないけど、そこへ行き着くまでの過程は、書き上がるまで自分でも把握できてません。本当はこういう書き方って悪い見本かもしれませんが……。
 でもね、試しに一度細部まで完全に固めてから書こうとしたんですよ。そしたらこの段階で満足して、一行も書かずに終わってしまいました。オイオイ、ですよ。
 あ、でも、世界観だけは最初に細かい部分まで固めてますよ! これが崩れたら物語そのものが破綻しますからね!

 ――ときどき耳にしますよ、こういうタイプ。詳しいシノプシスを作ったばっかりに、書き終えたような気になってしまうんでしょうね。なかには、人に構想を話してしまっただけで書く気が失せたという方もいるくらいです。ある程度、未消化・未解決の余地を残しておかないとまずいみたいですね。
 では、構成はどのような形にしているんですか。

星野 シナリオのような形かと。セリフとシチュエーションの描写をダラダラと箇条書きしてます。たまにイラストが加わります。

 ――だから、登場人物が途中から誕生したりするんですね。書きながら、構成からどんどん逸れていくということはないんですか。

星野 極端に外れることもないですけど、こだわることもないです。書きながら随時変更してますね。おかげさまで、矛盾が生じてさかのぼって書き直す、なんて作業はしょっちゅうです。

 ――資料の追加収集などが発生するでしょう?

星野 すいません、そういうの、ほとんどやりません……。というか、今まで取材の必要な話は書いたことがないんですよね。
 私は普段から興味の赴くままに色々なものを手にとるんで、いつのまにか頭の中にデータベースができあがってるんです。必要時に検索かけてやれば、たいてい何か引っ掛かってきますね。まあ、うろ覚えのときもあるんですが、それならそれで、何に記載されていたかが検索されるんで、それをあたる。これも、たいてい家に並んでます。よほど入手の難しい書物だとか原資料じゃない限り、自分の手元にそろえておくタチなんで。図書館活用できない人種なんです。

 ――というよりも自宅が図書館じゃないですか。
 それで、お話に出た小説はどうなったんですか。細部を固めたばっかりに満足しちゃったという作品。

星野 『夕凪の一葉』という短編ですが、とりあえず寝かせてみました。やる気が出たときにとりかかろうと思って。ところが、いつまでたっても波が来ない。そのうちちょっと悔しくなってきたんで、一番書きたいエピソードだけでも文章にしてみようとパソコンに向かったら、あら不思議。勝手に主人公が語り始めてしまい、気がつきゃあの形でまとまってました……トホホ。
 感想で「これ、長編で読みたかったです」と言われ、「すいません、私もそのつもりでした……」と画面の前で頭下げてしまったですよ。

 ――言われてみれば、『光と闇のはざまで』も長篇で読みたい作品ですね。主人公のその後が気がかりなんですよ。

星野 ありがとうございます、そう言っていただけるのが何よりの励みです。
 『光と闇のはざまで』は『双児世界の神話』というメイン・タイトルのいちエピソードなんです。元々、年代記として用意していた話で、本当の意味での主人公はあの世界そのものだったりします。アルフレートはその中のいちキャラクターにすぎません。だから、彼を軸として書きたいエピソードはあれで全部なんです。強いて言うなら、集落の仲間と再会したときの話ぐらいで、それ以上はどうにも……アルフレートが動いてくれないんですよ。僕の役目は終わった、と言って聞かないんです。こうなると、私にはどうしようもなくて。
 ただ、すべてのエピソードが固まっているわけではないので、また彼でなければ成立しない話が浮かんでこないとも限りません。そのときこそ、書きたいと思います。
 今はむしろ時代をさかのぼって、アリューシャのエピソードをまとめたいですね。

 ――うーん、読みたい! 『光と闇のはざまで』は、壮大な叙事詩というかクロニクルというかプリクエルのいちピースだったんですね。というよりも、全体の位置関係を測るための習作という感じでしょうか。

星野 あわわわ……ばれてるよ、どうしましょ。狙ってるわけではないんですけど、結果として習作のように見えるものになってしまってます。
 元々、私は一度完成させた話でも数年おきにリメイクを繰り返してるんですね。だから、長さに関わらず、初出の作品はすべてプロトタイプといっていいかと思います。
 『光と闇のはざまで』はおかげさまで完成体となりましたが、他の作品はまだまだ改良の余地があります。どの作品をいつごろリメイクするかは、特に計画してません。でも、間違いなくやるので、何年か後に、短編だった話が長編として再登場してる可能性は十分ありますね。

 ――たのんまっせ。以前、このインタビューにご登場いただいた辰巳英樹さんが「書けるときに書きためろ」と煽っていらっしゃいましたが、まさに、星野さんはその実践者。期待してます。
 ところで、推敲はどれくらいするんですか。

星野 最低5、6回。あとは、アラが見えなくなるまで。何回もやってると、そのうち頭が麻痺してくるみたいで、アラが見えなくなってしまうんです。というか、見たくないので見えないフリをしてるのかも。
 数年後に読み返して、やっと見落としていたアラに気付くという有様です。そこで、細部までじっくり見直して、全編にわたるリメイクを敢行します。この繰り返しなんで、1つ1つの作品に対して、実に長い年月かけてますね。
 あ、リメイクは推敲に入りませんか?

 ――広義の推敲でしょう。推敲も含めて、執筆時に心がけていることはどういうことですか。

星野 独りよがりにならない。読者の存在を常に意識する。

 ――完結した作品に手を入れたり、新たな物語を書くとき、どういうふうにしてテンションを高めますか。

星野 うーん、高めるというよりは、高くなったときに書くというか……。
 冗談で、よく「小説の神様に祈る」なんて言ってますけどね。波寄せの儀式を行う、とか。言ってるだけで、特別何かやってるわけじゃないですよ。
 ただ、わりと普段から頭の中で色々考えてますね。たいていは執筆中の話のキャラクターが動き回ってて、それを傍観してる感じなんですが。それである程度次の展開が固まってきたら、自然と意識が執筆モードに変わってます。

 ――逆に、テンションが高まらない。つまり書く気が起きないというときは?

星野 放置する。これにかぎります。そういうときはキャラクターが動いてないわけで、無理に動かそうとすると余計にそっぽ向かれてしまうんで。
 一休み、一休み。

 ――では、決定稿が上がったときのお気持ちは?

星野 最後まで書かせてくれてありがとう、子供たち。という感じで、キャラクターへの感謝の思いにひたってます。とにかく、彼らが積極的に動いて引っ張っていってくれないと、私は何もできませんから。作品が仕上がるのは、本当にキャラクターのおかげ。彼らをねぎらって、愛してるよーと叫んでおけば、数年後素直にリメイクさせてくれますし。
 途中苦労させられたこととかは、その時点ですでにきれいさっぱり忘れてます。上がったときは、本当に感謝と満足感で晴れ晴れとしてますよ。

 ――ええ話や。それこそ、創作の醍醐味ですよね。『光と闇のはざまで』の著者PRをお願いします。

星野 そんなに風変わりな世界ではなく、はでな魔法合戦や戦いがあるわけでもないので、お話としてはものすごーく地味ですが……異世界ファンタジーというジャンルに対する私の想いと、語るという姿勢を意識して、細部までこだわって作り上げた作品です。
 世界と共に生きる人々のそれぞれの生き様を、どうぞお楽しみください。


〈その3〉 物書き御用達テキストエディタ「VerticalEditor」

 ――続きが読みたくてしかたなくなる作品です。まだの方は、ぜひ!
 さてこれからは、書き手の烈しい興味と共感を呼ぶ、創作環境についてうかがいます。
 質問その1。ご家族は、星野さんが創作活動をしていることをご存じですか。

星野 高校・大学、ずっと漫画研究会にいましたからねー。今でも何かコソコソやってるな、程度には知っていると思いますよ。具体的にどんなことをしてるかまでは、おそらく知られていないはず……。
 ただ、弟とはオープンです。彼も同じ畑にいますからね。どちらかといえばゲーム産業ですが。一時期ボーイズラブのお話を書いてたときも、うっかり読ませてしまって、「これだけは二度と読ませんな」と怒られことも……。普通は見せへんやろ、と友人にもあきれられました。

 ――いい弟さんじゃありませんか。ハードウェアにも強いし。そういう弟さんがいると、パソコンがトラブルを起こしても安心ですな。これまでにマシントラブルに見舞われたことがありますか。

星野 特にないですね。幸いマシンには恵まれているらしく、サポートセンターのお世話になったこともないです。ウィルスも拾ったことないですし。

 ――では、質問その2。星野さんの執筆の障害になるものは?

星野 環境面では、「ご飯よー」とか、「ちょっとこれ手伝って」とか。集中を邪魔する母の一声。無視すると般若と化すので、中断しないわけにいきません。お願い、ほうっておいて、お母様……(笑)。
 精神面では、テンションが下がって素に戻ってしまうと、大変なことに。「こんな頑張って書いても、どうせ誰も読んでくれへんし」なんて具合に、いじけてしまうんです……この、すぐに他人をうらやみ、卑屈になってしまう性質は、執筆中一番の天敵ですね。

 ――みなさんの共通の天敵は、それです。孤独な作業ですからね。ワープロ専用機出現以前は原稿用紙に書いていましたから、孤独感はさらにきつかったと聞きます。
 では、気分を変えて、質問その3。理想の執筆環境とは?

星野 上げ膳、据え膳、身の回りのことは全部誰かがやってくれて、自分はただ書いていればいいだけ。適度に外の空気を吸ってリフレッシュ! いいですねー、こういうの……。

 ――これを読んでいる方の99.9%ほどの方の額に青筋が立ったのではないでしょうか。

星野 やだな、冗談ですよ、冗談!
 でも、まじめな話、私は波の来てるときに一気に書くタイプなので、その状態のときはとにかく集中したいんですよ。食事も、おむすびなんかの片手で事足りる類の軽食を、パソコンに向かいながら摂りたいぐらい。声をかけられるのもイヤ。
 とにかく邪魔が入らない環境。これが1番の理想ですね。集中が途切れたら終わりなんで。

 ――これを読んでいる方の99.9%ほどの方が大きくうなずいているようです。
 さて、質問その4。ソフト遍歴を教えてください。

星野 ずっとワープロ専用機(シャープの書院)を使ってて、パソコンに切り替えたのは5年くらい前。
 仕事ではすでにパソコン使ってましたから、WORDの使い勝手の悪さは体験済み。そのころはまだ自宅にパソコンがなかったこともあって、ワープロを愛用してたんです。
 その後、パソコン購入してマシン同士に互換性のないことを知り、仕方なくメモ帳使うようになりました。

 ――メモ帳……。つらかったでしょう?

星野 そのときは、まだそれほど。最初は二次作品から入ってたこともあって、掌編程度の長さならメモ帳で間に合ってたので……。そのころはまだエディタ系ソフトの存在を知らなかったんですよ。恥ずかしながら、その存在を知ったのは半年ほど前だったりします。縦書きの必要に迫られ、でもWORDは苦しいし……というわけで、フリーを幾つか試して、一番使い勝手良かったのが、「VerticalEditor」でした。縦書きはやはりまだ少ないので、選択の余地もあまりなかったんですけどね。

 ――縦書きが快適なエディタというのは少ないですよね。シェアウェアならいくつかあるんですが、フリーウェアとなると……。カスタマイズの自由度の高さが評判ですね、「VerticalEditor」は。

星野 なかなか快適ですよ。フリーウェアでこれだけ使えたら、私的には十分。文句なし。

 ――やはり、読み書きする際、縦書きと横書きの差は意識してらっしゃるようですね。

星野 はい。一行の字数やら行間やら、縦と横では全然違うわけですから、それに合わせないと非常に読みづらい。特に、オンラインは画面を見続けるわけだから、紙ベースより目が疲れますよね。
 改行が少なく、画面が字で埋まってるようなページ見たら、ゾッとします。それだけで読む気なくなります。だから、自分の作品ではわざと変えてるんです。句点で改行とか、強調したい文章は前後に1行挿入したりとか、横書きのときはわざとセオリー無視。
 まあ、そういうスタイルは嫌がる人も多いみたいなんで、自分で思ってるほども歓迎されてないかもしれませんが。


〈その4〉 後ろを見ないこと――それがサイト運営のコツ

 ――ウェブライティングへの目配りは必要ですね。「読ませよう」「読んでもらいたい」という意志の有無は、読者は敏感に察知するものですから。
 ところで、『星狩人』開設の動機は何でしたか。

星野 実に単純ですよ。5年くらい前、とあるアニメ作品に惚れこんで久しぶりに同人活動を始めたんですけど、ちょうどそのころにインターネットも楽しむようになってて。自費出版するよりラクチンで簡単な発表の場があるなんて! と、それはもうすごいカルチャーショックでした。
 それで、色々見て回ってるうちに自分のページを持ちたくなったわけです。

 ――この5年間で、コンテンツに大きな変化はありましたか。

星野 そうですねー、最初からイラストと小説を扱ってましたんで、大きな変化といえば、二次系からオリジナルに変わったこと、でしょうか。あとは、携帯をカメラ付に変えてからガーデニング日記をアップしたりとか、メイン以外のところで突発的にページが増えたり減ったり……。

 ――順風満帆?

星野 実は、一度サイトを閉鎖したことがあります。2年半程前の話なんですけどね。

 ――え、どうしたんですか!

星野 無断転載に関するゴタゴタに巻き込まれまして。自主規制せざるを得なくなってしまい、閉鎖しました。
 その後、ほとぼりが冷めたころに新しいサイトを立ち上げまして、それが今の「星狩人」です。

 ――えらいめにあわれましたねえ。ご苦労、お察しします。
 メインコンテンツは小説とイラストですが、反応の違いなんてありますか。

星野 特にこれといった違いはないかと……。
 小説は、「読みました」という類の感想であることがほとんどですが、CGのときは、「これ、どういうふうに処理してるの?」といったように、質問であることも多いです。
 共通して勇気づけられるのは、「いつも見てますよ!」という一言。作品それぞれに対して特別な感想がなくても、この一言があれば手応えを感じることができます。

 ――サイト閉鎖から甦った星野さんが考える、サイト運営継続のコツは?

星野 「好き」という気持ちでしょうか。私の場合、趣味以外の何物でもないですから、この気持ちだけでやってます。
 何かを創り出すのが好きで、作品を見てもらうのが好き、だからサイトという場を使って発表する。発表すれば反応が返ってくるから、それを糧にしてまた創作できる。仲間を得て交流することもできる。こういったことのすべてが「好き」なんです。だから、続けていける。

 ――ウェブの本質を言い表してますね。暮らしている場所に関係なく、回線を介して仲間ができる。顔も知らない相手なのに、互いに敬意と親しみをもって接することができる。その一方でトラブルが尽きないのがウェブ。ハッピーに付き合いたいですね。
 ところで、オンライン文芸の現状を、どうご覧になっていますか。

星野 いいんじゃないですか? たしかに、色々な主義主張が垂れ流されてるんで、読むほうも書くほうもモラルやマナーを問われますが。
 書くほうは気楽に発表できて、読むほうも気軽に色々な作品をつまみ食いできる、これ自体は本当に素敵なことだと思うんです。私もこのおかげでずっと埋もれていた作品たちに日の目を見せてやることができましたし。検索などのデータベースも、運営されてる方は大変だと思いますが、大いに利用してもっと皆で盛り上げていけば、ある程度の秩序は生まれますよ、きっと。
 うーん、これではあまりにも楽天的すぎますか?

 ――いえいえ、おっしゃるとおりです。では、オンライン文芸の可能性については?

星野 今は、どちらかと言うと書き手のほうが熱心な気がするんですよね。検索や登録サイトも、書き手主導じゃないですか。読み手はその中から好きな作品を探して、楽しむだけ。
 だから、読み手ももう少し「私はこういう作品が読みたいんだー!」というような主張があってもいいんじゃないか、と思うわけですが。そうすれば、書き手も市場のニーズを把握できますし。感想とはまた違った形で書き手と読み手が意見交換できるようになれば、二者の間の温度差もなくなると思うんですよね。
 なんであれ、どちらか一方にバランスが偏ってしまうとうまく機能しません。せっかくこういう場ができたんですから、しっかり根付いてくれるよう、書き手も読み手も同じ熱意をもって盛り上げていきたいですね。

 ――それ、ビジネスモデルになりうるんじゃないですか? メモメモ(笑)。紙による出版を抜き去ってしまいそうですよ、その仕組みを実現することができたら。
「読みたい同盟」とか「晴耕雨読リング」なんてのが出てくるかもしれません。PDAが普及すると、なんとかなるかも。
 読み手の話が出たついでにお訊きしますが、星野さんは、プロアマ問わず、他人の作品を読むときに、どのような点に注目しますか?

星野 文章です。どんなに好きそうな世界観でも、キャラクターでも、文章でひっかかると読めなくなってしまいます。やっぱり、自分の感性と合う文章っていうのがあるみたいで。上手下手の問題じゃなくて、本当に感覚的なものなんですけど。
 とにかく受け皿が小さいんですよ、何事においても。

 ――受け皿とかじゃなくて、そんなもんですよ。では、星野さんにとって理想の文章とはどのようなものですか。ご自身の課題も含めて。

星野 リズム感と勢いがあり、今現実に目の前で起きていると錯覚させられるぐらい、臨場感のある文章。
 これが理想であり、目標です。なんせ、頭の中の映像を文章化してるわけですから、読者にも、読んでて自然に映像が浮かんできたよ、と言ってもらえるぐらいのものを書きたい。

 ――星野さんが影響を受けた作家を教えてください。

星野 M・Z・ブラッドリー、タニス・リー、野阿梓。敬称略ですいません。
 この方々の作品に出会って、文章から想像を膨らませることの楽しさを知りました。特に、ブラッドリーの作品は極端にビジュアルに関する情報が少ないんです。だから、ただ文章を目で追っているだけではなんにもイメージできない。意識して文章を読み、そこに描かれている世界を自分の力で想像する……ここから、語るということも学んだように思います。

 ――『光と闇のはざまで』も、やはりこれらの作家の作品にインスパイアされたんですか。

星野 特にこの作品に対してとなると、N・スプリンガーの『アイルの書』ですね。作品の持つ雰囲気がとても好きで……。
 どちらかといえば、それまでは世界観にあまりこだわらず、コメディやピカレスク風味のライトノベルを書いてたんですよ。一からすべて自分で創り上げた世界を舞台に、そこに生きる人々を書きたいと思うようになったのは、『アイルの書』に出会ってからのことです。そして生まれたのが、この『光と闇のはざまで』だったり。

 ――いよいよインタビューも終わりに近づいてまいりました。
 では、オンライン文芸に話を戻しまして、自己サイトで文芸作品を発表している作家へのメッセージをお願いします。

星野 サイトの運営だけでもパワーが必要で、反応がないと閉めたくなるときもありますが、発表したいと思って得た場です。最初の情熱を維持するのは大変ですが、まずは自分が楽しむという気持ちで焦らずに夢を積み重ねていきましょう! 作り手が萎んでしまうと、お客さまも離れてしまいます。そういうのって、本当に敏感に伝わっちゃいますから。
 未来は明るいのです! 「皆、俺についてこい!」ぐらいの気持ちで、前を見て先頭を突っ走っていきましょう! 後ろを見たらいけません。なに、大丈夫です。案外皆ついてきてくれてますから。

 ――そんなもんですか?

星野 そんなもんです。少なくとも、私はこれで5年間やってます(笑)

 ――メモメモ。では、小説を書いてみようと思っている方へのメッセージを!

星野 まずはとにかく書いてみる。この一言につきますね。文章とか構成力だとか、そういうのは数こなしてる間に身についてきますから。難しいことは抜きにして、お話を書くということを楽しんでみてください!

 ――みなさん、おっしゃることはひとつです。とにかく書け。これ、真理ですな。考えるな、感じろ! と。あ、ちょっと違うかな。
 では最後に、創作にかぎらず、これからの展望を教えてください。

星野 先のことを聞かれるのが一番苦手だったりします……。
 私は本当に計画性がなくてですね、将来のことなんて、考えたこともないですよ。せいぜい1か月先ぐらいのことしか視野に入ってませんから。先のことは、そのときになってから考える。これですよ!
 いや、冗談じゃなくて、本当に考えられないんです。興味の対象もころころ変わりますし、今まで熱中していたものが、ある日突然どうでもよくなったり……計画立てても、それを実行するとなると苦痛を感じてしまうくらい、縛られるのがいやなんです。
 創作にもあらわれてますね、これ。緻密な構成は立てられないし、立てても従わないし、行き当たりばったりで、矛盾が生じたらさかのぼって軌道修正……うーん、我ながら、ここまでキリギリスでいいのかと思わなくもないんですが。私はアリになれません。

 ――ベリーダンスのいい教室が見つかるといいですね。
 本日は長時間にわたり、ありがとうございました。スーパーロングインタビューになりました。新春特別企画にふさわしい内容です。

星野 それならいいんですが……なんだか偉そうにベラベラと喋りまくったんで、「もう帰れ」と言われたらどうしようかと(笑)。
 それにしても、本当によく喋ったなぁ。おまけに、こんなに色々なこと考えたの学生時代以来です。こりゃ、疲れて当然だわ……。
 あ、悪い意味でとらないでくださいね! 良い意味で「疲れた」んです。普段意識してないようなこととか、かなり首をひねった質問もありましたけど、色々考えてると楽しくなってきましたね。頭の血の巡りが良くなったみたいで、終わった今は、なんだか妙に前向きです。よし、またいっちょ踏ん張るか、てな具合で、いい感じに気分が高揚してますね。この気持ちがしぼまないうちに、何かやりたいです。
 今回は、この場へお誘いいただき、本当にありがとうございました。


ガーデニングも星野さんのクリエイティビティの発露。森羅万象が創作の刺激になっている。




リメイクを前提に作品を書きためるというスタイルに、目からウロコの方も多かったのではないでしょうか。創作がもたらす愉悦、解放感、達成感は、聞けば聞くほど新鮮で奥深いものです。

星野さん、実に楽しく有意義なひとときを過ごさせていただきました。サイト閉鎖などのショッキングな話題も飛び出しましたが、前進あるのみという星野さんの姿勢には教えられるところが大でした。大きなお年玉をいただいたような気がします。あらためて、お礼を申し上げます。


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