「著者に訊け!」トップへ


第11回
「書き手の快楽は、文章に出てきます」

ゲスト/稲葉 樹(いなば・たつき) さん
著作/『ブルー・ムーンへようこそ。』


妻を失った中年男がふらりと入った謎の店「ブルー・ムーン」……。
ファンタジックな装いの中に、数々の仕掛が張り巡らされた傑作、『ブルー・ムーンへようこそ。』の著者、稲葉 樹さんをお迎えしました。

的確な描写力、端的な会話、魅力的な登場人物に彩られた同作は、当サイトのライブラリーでも独得の輝きを放っています。作品を読んでから、このインタビューをご覧いただくことを強くお勧めします。

事前リサーチと取材をもとに構成しております。


〈その1〉 人目にふれるものに妥協なし

Web Publishing AZUSA(以下、――) 今回はとても楽しみにしてたんですよ。稲葉さんは、意表をつく存在でしたからね。

稲葉 意表?

 ――『ブルー・ムーンへようこそ。』の初稿を拝読したとき、作者の年齢や性別が見えてこなかったんですよ。稲葉さんのサイト「緑樹庭園」で、おぼろげながら見当がついたくらいで……。年輩のかたのような文章でしたもんね。あえて文体を変えたんですか。

稲葉 特に自分で意識しているわけではありませんが、やはり、文章の軽重的な印象も、内容によってウェイトを変えないと、ひとつの作品としてまとめるには綻びが出るところではないでしょうか。

 ――なるほど。中年男の一人称が実に堂に入っていたものですから、「緑樹庭園」の案内人、Bowmくんを描いてらっしゃる稲葉さんと同一人物なんだろうかと思いました。筆歴はかなりのものだとにらんでいますが、創作するようになったきっかけから教えてください。

稲葉 きっかけといえるかは解りませんが、創作的文章は小学校低学年の頃、授業の一環として行ったことで、物語にすらならないものを、それからずっと今まで続けている。といったところでしょうか。

 ――小学校低学年! 前回ご登場いただいた氷月まさらさんが、「文字ではなくて物語を書くようになったのは、5歳か6歳のころ」とおっしゃっていましたが、まさに同じくらいの年頃ですな。栴檀は双葉より芳し。いやあ、昔の人はいいこと言ってます。
 それで、人に読んでもらうということを意識したのは?

稲葉 他人様(ひとさま)の目が作品に触れ出したのは、高校時代ですね。他校の文芸部誌に、月1ペースで2本ほど、短編を発表させていただいたのが初めです。
 その後、大学進学してしばらくして、文芸同人誌に参加させていただき、年に約4、5回ほど発行される会誌に、ほぼ毎号、短篇や連載として中篇クラスの作品を発表させていただいております。こちらの文芸同人誌には、現在もお世話になっております。

 ――にらんだとおり、かなりのキャリア。その間、途切れることなく創作をつづけておられるわけですが、モチベーションを維持するコツはどのようなものなんでしょ? 人によっては、自己顕示欲であったりキーボードを打つという肉体的な快感であったりしますけど。

稲葉 楽しんで書くこと、です。文章が出て来なくて悩むことすら、創作の楽しみと信じています。
 書き手がそのように楽しんで書いた文章は、読み手にも伝わると思います。

 ――たしかに。作者がノリノリであるかそうでないかは、読んでいてわかりますね。
 しかし、作者のエモーションが伝わることと作品として楽しめるかということは微妙に異なりますよね。そのあたりのお考えは?

稲葉 “お考え”というほどのことはありませんが、他人様の目に触れることが頻繁になってきてからは、ただ、読み易い文章でありたい。というところも意識の内に加わりました。
 その後、ちょっとしたきっかけで、「やはり、人目に触れるものは妥協しちゃ駄目だ」という意識を再確認したこともありました。そのくらいでしょうか。

 ――偉い! そこに気づくか気づかないかが分かれ目なんですよね。ほかの人の作品もそういったところを見ますか、やっぱり。

稲葉 そこまで見はじめると技術論に踏み込んでしまいそうですから、やっぱり「楽しんで書いているのかな?」というところをまず第一に見ます。書き手の快楽は、文章に出てきますから。

 ――書き手の快楽……いいことばですなあ。

稲葉 批判的な見方ばかりしているわけじゃないんですよ。参考にしたいところとしては、科白の構築の仕方と、終わり方です。
 この二点はいくら学習してもし足りないポイントですので。

 ――「学習」とおっしゃいましたが、文章に関するトレーニングなどをなさってるんですか。

稲葉 表記方法などについて勉強したくらいで、特別には……。トレーニングとは違うと思いますので。恐らく、件の文芸同人誌でコンスタントに作品を発表し続けられたことは、いい経験になっているのだと思います。


〈その2〉 サイト運営の心意気

 ――ところで、「緑樹庭園」には「素描展示室」という、イラスト作品のコンテンツがありますね。小説とイラスト……形態は違いますが、創作という点では変わりがない。これらの創作は稲葉さんに何をもたらしますか。もし、分野ごとの違いがあれば、それも教えてください。

稲葉 分野を問わず、クリエイティブ活動は趣味の一環のひとつです。もたらすもの……特別に考えたことはありませんが、仕上がったときの達成感は、やはり快感を伴うものなのだと思います。

 ――イラスト作品は、ご自身のサイト以外でも発表されてるんですか。

稲葉 CGでは5点ほど、とあるCDマガジンのコンテンツの一部として、掲載していただいたことはあります。

 ――大活躍じゃありませんか。創作は小説とイラストだけじゃなかったりして?

稲葉 これは希望なのですが、CG以外のイラスト作成や、キャンパス絵描きをまた再開したいです。
 環境が許せば、銅版画ももう少し続けてやりたいものです。

 ――小説、CGイラスト以外にもそれだけあるんですか。
 それにしても、サイト運営しながらというのも大変でしょう。サイト発足のきっかけは何だったんですか。

稲葉 ただ何となく……と言ってはお終いですが、やはり、発表の場が欲しかったからだと思います。
 もともと何につけても「何かを創る」ということが好きなので、遅かれ早かれ、電脳メディアでの創作=サイト作成は、手を出したと思います。

 ――コンテンツの厚みからも伝わってきますよ、創作意欲という強い意志が。あれだけのコンテンツを整えるためには、かなり紆余曲折があったんじゃないですか?

稲葉 大きな変化としては、世間一般で言うところの「ギャラリー」である、「素描展示室」に掲載したCGに、詩ともつかない短文を付けるようにしました。この変化はおおむね好評をいただいておりまして、変えた甲斐がありました。
 自分では「緑樹庭園」は一応、「文章メイン」を謳っているのですが、どうにもCGのほうが反応が良くて。何となく悔しいので苦肉の策です。CGに反応していただけるのも、もちろんとても嬉しいのですけれど。

 ――稲葉さんのイラストは、色づかいが印象的です。テクスチャとのなじみというかバランスというか……ほっこりしますもん。コンテンツによる反応の違いというのはありますか。

稲葉 そのお言葉は嬉しいです。ありがとうございます。やはりCGは反応が早いですね。イラストというものは、一目である程度の感想を持てるものと思いますので。
 逆に、文章創作のほうは鈍い割りに、反応をいただけたときは何方様も、とてもしっかりとしたものになります。これはやはり嬉しいですね。そこまで読んでくださったのか、と。

 ――読むということは意識的でなくてはなりませんから、イラストとは感想の質が違うでしょう。優劣ということではなく、受け止め方がね。

稲葉 日記や感想文あたりになりますと、本当にそこまで読んでくださってるのですか。ありがとうございます! と、平身低頭したい程です。ここでは、内容に同調してくださったり、同じ趣味を持つものです。という反応だったり、です。
 いずれにしましても、訪れ、反応していただいているお客様に、今まで不快な思いを味わわされたことがありません。そういう意味では、お客様にも恵まれているサイトだと感謝しております。

――管理人の人柄の賜物でしょう。とくに日記などはそうですね。感受性の合う方の日記を読むのは、とても楽しいもんです。事件や天変地異などのイベントが共有できますから、あの人は、これをどう受け止めているのだろう? とかね。はやりのブログだって、発信側の意志だけであれだけ盛り上がりませんよ。

稲葉 「ほぼ日参しております」と、わざわざメールをくださったりするお客様には、感謝の言葉もありません。
 その割りに、あまり更新できないのが心苦しいところもありますが……やはり嬉しいですね。

 ――更新が強迫観念になってしまうと本末転倒ですから、まあ、ぼちぼちやってください。なーんて、2年にも満たないWeb Publishing AZUSAが偉そうなこと言ってますが……。
 サイト運営中、印象に残ったエピソードなどありますか?

稲葉 かなり前のことになりますが、コラムである劇団の公演を見に行ったときの感想をネタにしたことがありました。
 すると、それから数日後に、その劇団構成員の方にBBSに書き込みいただきました。
 多分、劇団名も示していましたから、検索サイトで引っかかり、来訪していただいたのかと思いますが、当時はかなり気が動転してしまいました。

 ――サイト運営を続けてゆくコツって何でしょう? 個人的にも気になるところなんですよ。ぜひ教えてください。

稲葉 完全に自己満足の産物ですので、コツはむしろご教授いただきたいほどなのですが……。
 ただ言えることといえば「創るという意識がある限り、止めることはできない」のだと思います。
 そして、これは皆様同じ思いだと思うのですが「ただひとりでも、自分の作品を『好きだ』と言ってくれる方がいれば、その人のためにも頑張れる」と思います。

 ――心意気ですな。わたし、ぐっときました。


〈その3〉 着筆時には構成・人物造形なし?

 ――さて、みなさんお待ちかね。小説について、突っ込んだことをうかがいましょう。
 着想はどんなときに得ますか。

稲葉 特に決まったときというものはなく、そのとき眼にしたものに、不意にインスピレーションで浮かび上がる。といった具合でしょうか。

 ――それはテーマというかたち? ストーリーというかたち?

稲葉 どちらでもなく、いわば「シーン」や「科白」です。
 しかも、いざそれを元に書き始めてみても、その「シーン」や「科白」が、作中のメインイベントである確率は低いです。

 ――ほお。書きたいシーンやキメのセリフにはならないんですか。それで、そういったシーンやセリフはもちろんメモされるんでしょ。

稲葉 ほとんど頭の中だけか、どうしても……というときだけ、メモをします。
 そのメモも、単語だけであったり、そこそこの文章であったり、安定していません。
 時にはそのメモがそのまま作品の草稿になったりしますので、無下にはできないものなのですが。

 ――ははーん。作品に成長しうるいくつかの着想が忘却の彼方に消えたことがありますな? 忘れないうちに早く書かなきゃ、という感じ?

稲葉 その辺りは突っ込まれると痛いですが……。思いついたときが執筆時、ですね。

 ――資料はどうします?

稲葉 必要なときに、必要なだけ、です。
 あまり取材や資料が必要な作品を書くことが少ないこともありますが。

 ――しかし、いきなり書きはじめるわけじゃないんでしょ? やはり、構成をまとめたりとか……。

稲葉 これはしたことないです……。
 頭の中である程度必要であろう「シーン」を想定して、並べ替える。その程度でしょうか。だから、ストーリーの流れは固定しておらず、完全に流動的です。

 ――それであれだけのものができるものなのでしょうか。にわかには信じられません。
 そうだ、登場人物はどうするんですか? これらも固定はしない?

稲葉 基本姿勢となる性格、ある程度の年齢設定、絡みのあるその他人物への基本姿勢。書き始めにあるのはそれだけです。場合によってはそれすらもない場合があります。必要がない限り、名前すら決めません。

 ――う。それじゃ、どうやって登場人物を動かしていくんですか。

稲葉 どれもそういった登場人物の自主行動を、こちらは記録している。といった具合なのですが。
 その中でも、舞台だけを与えて「さぁ、好き勝手にやってみな」と、野放しにしきって全く困らなかったのは、「緑樹庭園」にも掲載しています『ESCAPER』2本の登場人物と、『三月の雪』および『グローリーディズ』の登場人物です。
 特に、『三月の雪』の冒頭三人は本当に長年つきあってきているキャラクター達ですので、この連中が舞台にいれば、こちらの心配はほぼ皆無です。

 ――なんだかすごい話になってまいりました。ひょっとして、苦労知らず?

稲葉 苦労は全てにおいてあります。でも、多分創作活動とは、そんな苦労を楽しむものだとも思っています。

 ――やっぱり意表をつく方ですな、稲葉さんは。執筆が滞ることはないんじゃないですか?

稲葉 心に焦りがあるときなどは、創作が進みませんね。

 ――書けないときはどうしてます?

稲葉 書かないことです。
 先にお答えしたことに付随しますが、気のない時の文章は、書き手はもちろん、読み手も絶対に面白くありませんから。

 ――では、書けるときは、すっと書けるもんなんですか。

稲葉 「書きたい!」と思った瞬間が、テンションが高いときなんだと思います。そういう状態を作為的に作れるほど器用ではありません。しかし、一日に数度はそういう波が高いときがありますので、そういうときに書ける状態であればいいのですが……大抵そういう時は、仕事中だったりするのがオチです。

 ――たとえば、お昼休みにそういう状態になったとします。手書きでも書きますか?

稲葉 紙面上での下書きは、いつでも、どこでも。清書となるPC打ち込みは、自室です。

 ――パソコンのお話が出たついでに、執筆環境などをお聞かせください。

稲葉 メインマシンはMacintosh PowerMac-G5。サブマシンはIBM Think-Pad。ファイル管理は両機種共通でMOを使用。文章創作は、基本的にはThink-Padのほうを使用しています。

 ――うらやましい! で、ソフトは何を?

稲葉 Macではテキストエディタ、WindowsはWordで、共にテキストファイル保存。こうしますと、ファイル互換も楽なのです。
 テキストエディタはシンプルで、アプリケーションとしても軽いので、特に不満はありません……が、そもそもMacで文章創作は向いていないです。
 Wordは、簡単にフリーズしてしまうのが業腹ですが、その他のところでの不満は特にありません。

 ――Wordのフリーズにはむかむかしたくちですよ、わたしも。書きかけの小説がぶっ飛んだりとかあったんですか。

稲葉 割とトラブル続きではありますが、つい先日、Think-Padが新種のウィルスに侵されて、初期化する他に手立てがなくなりました。ファイル管理を怠っていた矢先でしたので、相当のデータを失う羽目になりました……。
 他では、ワープロ時代に書きためていた旧作の入ったFDが、ワープロマシンそのものに壊された経験が昔ありました。
 加えて、去年の夏には買い替え前のPowerMac-G3のほうで、HDDクラッシュを経験しています。
 これは必要データを全てMO保存していたので、ほとんど問題はありませんでした。

 ――えらいめにあったんですね。そろそろバックアップしなきゃ、と思ってる矢先にトラブルというものはやってきますよね、不思議と。
 現在は、環境面では不満なし、というところでしょうか?

稲葉 といいますか、環境には特にこだわりません。もともと、紙と筆記具があればどこでも行える趣味だと思ってますので。
 ただ、精神面では時間に追われて……というゆとりがない状態ですと、ちょっときつい気もしますが、だからといって余裕がありすぎたら、書かない。……ほどほどの緊張感を精神に持てる状態というのがいいですね。


〈その4〉 『ブルー・ムーンへようこそ。』

 ――さて、いよいよ『ブルー・ムーンへようこそ。』についてうかがいます。構成も登場人物造形も明確に決めずに書きはじめるという稲葉さんですが、描写はリアルであり、登場人部のキャラクターも立っていました。この作品も、やはりシーンなりセリフなりが、ぽっと浮かんだんですか。

稲葉 これを書く前に、まず思いついた「シーン」が、「蒼く、暗いフロアの中にあってなお、青く際立つ夜空の絵」のある風景だったのです。その時、その風景の中にはこの先出てくるであろうキャラクター達の影は全くありませんでした。
 そんな「シーン」を何となく頭の中で描いているときに、ふと眼に留ったのが、自宅の最寄り駅付近にあるバーの入り口でした。それは、作中とは逆に、階段を上った先に入り口に扉がある造りだったのですが、その扉が雰囲気のあるもので。中は一体どうなっているのだろう? と、あれこれ想像していたら、一気に「ブルー・ムーン」という場所の構成が固まりました。
 ちなみに、件(くだん)の店には結局一度も入ったことはありません。

 ――稲葉さんの創作の秘密を垣間見たような気がします。「あれこれ想像していたら」というのがミソなんじゃないですか? イメージの創造と取捨選択が構想の下地になってるんですよ、きっと。脳の、創作を司る部分が活性化してるんですな。だから、一気に構想が固まるんですよ。そうでしょ?

稲葉 どうでしょう。

 ――しかし、構想は固まっても、登場人物の造形はまた別の話ですよね。その点に関してはいかがですか。

稲葉 特に気をつけたことは、各章ごとのゲストキャラクターの印象が、なるべく重ならないようにはしたつもりです。その努力が実っているかは、読み手の方々に判断していただくしかないのですが。
 他では、エンディングですね。いきなり視点が切り替わりますから、その流れがおかしくならないように。と。

 ――うまくいきましたよね。語り手である主人公に、過剰に色をつけなかったのがよかった。ブルー・ムーンに集う人々を淡々と描写したからこそ、あれだけ盛り上げることができ、後味のよさが出せたのだと思います。
 また、ファンタジックな物語でありながら、ひじょうにリアルでることにも感心しました。稲葉さんにとって、リアリティとは何でしょうか。

稲葉 説得力。その「現実」を本物にするだけの、確たる説得力、です。私たち現代社会に生きるものにとって、それがどんなに幻想じみていようと、そこに生きる登場人物にとってはその世界こそが現実なのですから、その世界が存在するだけの説得力は必要絶対条件だと思います。

 ――よくぞ言ってくださいました。こういうことばが出てくるから、「著者に訊け!」はやめられないんですよ。
 それで、脱稿のときのお気持ちはいかがでしたか。

稲葉 毎度同じですが、「ああ、これで一旦締めか……」と。ただ、伸ばそうと思えば、多分いくらでも伸ばせるはずの世界ですので、どこかで切らないと収拾がつかなくなるのは解っていましたから、何とか最後まで行って良かったな。とも思いました。

 ――文章に関して、課題やこだわりなどありますか。

稲葉 これは未だに模索状態です。自分の文章に漢字が多いことは自覚ありですので、何とかこの先スマートにしていきたいものです。
 ただ、「貴方(貴女)」と「ひとつ」の二単語だけは、かなりこだわりをもって漢字にしたり、仮名にしたりしています。

 ――意識的に漢字を選択するというのは、なかなかできそうでできません。変換一発で吟味もせずに、「ま、いっかあ」といった書き手の態度が透けて見える文章が多くなっているようです。わたしは、必ずしも漢字は書けなくてもいいと思うんですよ。変換の際の選択眼というかセンスというか、そういうものがあればね。ときに、推敲はどれくらいおこないますか。

稲葉 最後まで書き上げた後、発表までに余裕があれば1日以上は放っておき、その後、必ず印刷して少なくとも3回以上は赤入れしながら読み直します。……そしてある程度納得するまではその繰り返し。
 クリエイティブな創作物というものは、多分、永遠に未完なのだろう……と、学生時代に学びました。

 ――真理ですな。いい学生時代をおくられたようで。
 しかし、未完であるかもしれませんが、作品は完成するわけですよね。「できた!」という瞬間、胸に去来するものは?

稲葉 いつまでも「完璧」にはならないのだろうな、と。ただ、一区切りついたときに毎回思うのは「ああ、これでこの作品世界で遊ぶのも一旦終了か」という感慨でしょうか。

 ――楽しんで書く、ということが実感としてわかります。実作者ならではのことばが胸にしみます。
 では、稲葉さんにとって理想の文章とはどのようなものですか。

稲葉 大人子供を問わず、読んだ万人が「読みやすい、面白い」と言える文章です。
 内容はともかく、文章はなるべく、読み手を敬遠させてはいけないと思っています。そしてなおかつ、その中で個性が出ていれば文句無しですが。それこそ理想が過ぎますね。

 ――そんなことはありませんよ。『ブルー・ムーンへようこそ。』を読むと、稲葉さんの理想が見えてきます。実に読みやすかったし、読者が限定される物語でもありませんもんね。

稲葉 「大人の童話」と良く言っていただけますが、書き手としましては、特に読み手側の年齢を意識して書いた作品ではありません。様々な年代の方が、その時々に相応しい意識でもって、感ずるものを持っていただけましたら、それに尽きるものはありません。


とにかく、納得し続けていきたい

 ――稲葉さんをはじめ、ご自身のサイトで小説を発表している方はたくさんいらっしゃいます。このような現状を、どう感じていますか。

稲葉 自分自身がこのような活動をしていることももちろんありますが、私は悪いことではないと思います。
 書き手は、生み出した作品を読み手に手軽に提示することができますし、読み手もまた、自分の好む作品を苦もなく探すことができますし。
 ただ、その中で「何でも世に出していい」とか「何でも見つかる」などと、オンラインを過信し過ぎるのはよくないことでしょう。オンラインはオンラインなりのルールがあるはずですから、そういうところを書き手も読み手もきちんとわきまえて、自分の意識をきちんと保つ。という姿勢は最低限持っていただきたいと思います。

 ――オンライン文芸の、これからの可能性についてはいかがですか。

稲葉 現状に対する認識と少々矛盾するかと思いますが、手軽さゆえに生じる玉石混同の作品群から、どれだけ自分の琴線に触れるものを探し出せるのか。そういった審美眼は、書き手や読み手のどちらにも、この先より必要になっていくでしょう。
 書き手は、膨大に溢れるオンライン文芸の中で、どのように切磋琢磨すれば光るものを得られるのか。また、読み手はその光をどのように探し出すのか……。
 ただそれは結局のところ、書物がオンラインに置き換わっただけで、結局は変わらないものなのだとも思います。メディアが変わっても、発表する側、それを受ける側。その双方の意識次第で、やはりいいものは間違いなく残るものだと思います。
 要は、いかにその「残るもの」を創ることができるか。でしょうからね。

 ――深い! 今回のインタビューは、ひと言ひとことがずんと来ますね。メディアに関係なく、小説を書いてみようと思っている方にメッセージをお願いします。

稲葉 私が言うのもおこがましいことですが、まず、何でもいいので書き始めてください。0でなく、1にすれば、それは100倍にも、10000倍にもなるものだと思います。

 ――0にどんな数字を掛けようが0のままである、と。

稲葉 はい。何はともあれ、同好の士として、楽しみましょうよ。というところでしょうか。オンラインであろうがなかろうが、「残る」作品を作り上げていきたいものですね。

 ――稲葉さんご自身の、これからの展望をお聞かせください。創作にかぎらず、ご自由に。

稲葉 とにかく、納得し続けていきたい、ですね。創作面はもちろん、生活面でも。
 100%の答えの得られるものは皆無でも、自分がそのことに納得できたら、少なくとも、不快や不安とは縁遠くいられるはずですから。

 ――納得こそ、愉快と安心のもと。創作の真理というよりも、人生の真理。人間、かくありたいものです。
 では最後にお約束の質問を。稲葉さんが影響を受けた作家は、どなたですか。

稲葉 好んで読んでいる作家様が、そのまま影響を受けた方と同義ではありますが。以下敬称略で、田中芳樹、菊地秀行、星新一、永井明、神林長平など。その他まだたくさん。
 作家様ではないのですが、根本的な文章構築に多大な影響を与えてくださったのは、小学生時代の担任です。

 ――いいお話で締めていただきました。先生、読んでますかー?
  本日は長時間にわたり、ほんとうにありがとうございました。

稲葉 こちらこそ、ありがとうございました。




実に濃い時間を過ごさせていただきました。稲葉さんのことばには、いろんな意味が含まれていて、人生経験、創作歴によって受け止め方も人それぞれだと思います。しかし、その人の現時点におけるひとつの真理になりうることばかり。読み進みながら、我が意を得たりと膝を叩いた方も数多くいらっしゃったことでしょう。
単なる自己表現の手段ではなく、読者の存在を常に念頭に置いて創作されている姿勢は頼もしいばかり。稲葉さん、これからも私たちの意表をつきまくってくださいね。期待しています。



Web Publishing AZUSA (C)2003-2017 All rights reserved.
「著者に訊け!」トップへ