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第10回
「客観的な方の自分が『撮影』しているんです」

ゲスト/氷月まさら(ひづき・まさら) さん
著作/『夏の約束』


その原稿が送られてきたときの衝撃は、今でも忘れることができません。省略と凝縮、揺らぎのない視点、生きたセリフなど、まさにプロ裸足。作者の都合もあり、通常よりも短い期間で講評を行い、ライブラリーに収蔵させていただきました。その作品名は『夏の約束』。

今回は、作者である氷月まさらさんにお話をうかがいました。しかし、インタビュー形式に編集した原稿をチェックしていただこうにも、氷月さんは豪州留学の真っ最中。こまごましたやりとりが勉学の障りになってはいかんと思いまして、今回はほぼ編集なし。回答をまるごと掲載させていただきます。
題して、
2004サマースペシャル「著者に訊け!“氷月まさら編”一挙掲載!」


〈その1〉 小説を書くことは「性質」です。

Web Publishing AZUSA(以下、――) 小説を書き始めたきっかけは何だったんですか。

氷月 小さい頃から、読むことも書くことも大好きでした。両親が言うには、私はいつの間にか文字を覚えていて、気がつけばいつも絵本を広げている子供だった、ということです。
 文字を書くことを覚えたのも、教えられないうちのことだったみたいで、おかげで今でも独特の鉛筆の持ち方が治りません。
 文字ではなくて物語を書くようになったのは、5歳か6歳のころ。
 お気に入りのぬいぐるみを主人公にして、七夕の話やクリスマスの話なんかの、幼稚園にある絵本みたいな内容のお話を書いて、挿絵もつけて、小さな本に閉じたりしていました。
 一緒になって絵本を作っていた友達は、今は雑誌編集者を目指して専門学校に通っていますし、まさに「三つ子の魂百まで」ですよね。「百」なんて大仰なことを言っても、まだたかだか十代ですが(笑)。

 ――雀百まで踊り忘れず。あ、ちょっと違いますかな。小説のほかにも創作活動とかなさってますか。

氷月 いちおう……。筆箱の中にメモ帳が忍ばせてあって、思いついたときに短歌を書き付けています。
 あとは、一種の替え歌です、既存のポップスなどに勝手な歌詞を作ったりします。たとえば、尊敬すべき同郷の歌手さだまさしさんの「精霊流し」の歌詞を変えて、亡くなった祖父への想いをカラオケで歌ってきたりします。

 ――替え歌といってもあなどれませんね。いわゆる“リイマジネーション”じゃないですか。氷月さんにとっての創作活動は、趣味の範疇に入るんですか。

氷月 小説を書くことは、ほとんど性質といえるくらいのものです。
 外的・内的のさまざまな理由で「書けない!」というときの苛立ちをも含めて、ただとにかく書くことは楽しみや充実感をもたらしてくれます。……と、文学大好き学生を気取れたらいいのですが、実際には「野心」や「力」です。
 書くことを趣味と言い始めたのは中学二年の頃で、引きこもってしまった友達に私の小説を見せたのがきっかけでした。彼女が喜んでくれたから、自分の文章に「力」があることを知って、この「力」があれば大嫌いな級友も先生も見返せるんだ、と。子供っぽい論理ですが、とにかく本気で自分の「力」を伸ばすという「野心」を抱きました。
 要するに、具体的には、小説家として有名になって「どうだ、まいったか」と言わせたかったんですよね。そして、今でもそれは抱えたままです。未熟者ゆえの驕りと笑ってください。

 ――とんでもない。二十数年ほど前になりますが、作家として脂の乗りきった筒井康隆さんがこうおっしゃった。「創作の原動力は自己顕示欲だ」と。そのような情念がないと、ものは作れませんよ。サイト運営以前は、どのようなかたちで作品を発表していたんですか。

氷月 高校時代、弓道部員という部外者でありながら、文芸部誌に発表させてもらっていました。Webサイトも持っていましたが、多忙につき閉鎖しました。

 ――オンライン文芸に対して過度の期待はしていない、ということですか。

氷月 文芸に関しては。年齢の割に頭が古いのかもしれませんが、書物の方が好きです。書物が主力、オンラインでも作品が読める、今の状態が続いてくれてかまいません。

 ――なるほど。今後、トライしたい創作分野はありますか。

氷月 作詞です。小さい頃にピアノをやっていたから、音楽のイロハの「イ」くらいは知っているし、本気で挑戦してみたいと思います。


〈その2〉 着想は、思いつくものではなく、思い出すもの。

 ――多才ですな、まったく。では、執筆活動について、もう少し深くお聞かせください。着想はどんなときに得ますか。

氷月 特に「こんなとき」とは言えませんね。
 いつでもアンテナは稼動しています。五感に捕らえうるもの全部を、貪欲に捕らえる。捕らえたらストックして、どんどん取り込んで、ときどき整理して……あ、この「整理」の段階で、どのストックとどのストックを組み合わせたら小説になる、みたいなのが浮かんできます。
 こういうのを「着想を得る」というんですか?

 ――言います言います。ただし、ふつうは五感の蓄積がきちんと分類されてストックされているわけではないと思います。氷月さんのストックとは、どんなものなんですか。

氷月 わたしはやたらと記憶力がいいんです。何歳のいつごろにこういうことがあって、わたしはこんなふうに考えた、誰々はこんなことを言った。そういう、映画の一場面みたいな記憶が、二歳の頃を最初にして、ずいぶんたくさんあります。
 場面に対する記憶力と観察力のよさは、自分で言うのもなんですが、飛び抜けているところがあるみたいです。そのぶんと言えるかどうかわかりませんが、高校時代までの数学の成績は悲惨でした。
 数学の『論理的思考』というのがどうしても身に付かなくて、仕方がないから、できるだけたくさんの解答例を丸暗記することで受験をクリアしましたが……。

 ――ストックというよりデータベース。こりゃすごいわ。それで、ストックの組み合わせから生まれる着想は、テーマ? ストーリー?

氷月 場面、一つのシーンです。登場人物と「わたし」がシンクロして、何かを思ったり感じたりするところから始まります。
 その場面を「思い出した」感覚、です。「思いついた」というよりは。
 それを、ある程度の文章でメモにします。携帯電話のメール保存ボックスには、下書きがたくさんたまっているので、間違えて誰かに送らないように気をつけていないといけません。「おれは」とか書いてしまっているから(笑)。

 ――構成から執筆までの流れを教えてください。

氷月 必要なシーンを全部メモの状態にしてから、執筆に取りかかります。そうしないと、雑になってしまうというか、地盤がもろい部分がどうしても出てくるというか、基礎を固めておかないと不安になるんです。

 ――しかし、いざ書き始めると思い通りにいかないこともあるんじゃないんですか。

氷月 わたしの書き方は、子供のころのままごと遊びに似ています。
 いつの間にか毎日が続きもののお話を演じているようになっていたり、ふと思い出したみたいに「バブちゃんがまだしゃべれなかった頃のお話にしよう」ということになったり、ときにはラストが「おねえちゃんが結婚する」と決まっていてそれに向かってお話を作っていったり。
 気まぐれなのに、流れというか場の雰囲気というか、そういうものは確かに存在するんですよ。
 ストーリーに比べれば、登場人物は決定的ですね。
「○○ちゃんだから、こういうお母さん」というのもだいたい分かっているから、めったに暴走はしません。いきなりやって来てちょっかいを出して女の子たちを泣かせる男の子が、たまにひょいと現れたりはしますが。
「ままごと遊び」の子供たちは、「わたし」が作っているわけではなくて、全員が「わたし」自身です。
 誰だってそうだとは思いますが、人間はいろんな面を内包していますよね。
 わたしの場合、精神年齢は低くて子供っぽい反面、歴史や哲学や心理学に没頭しているときの思考年齢の高さも指摘されるとことだし、ファッションやことば遣いも含めた全体的なイメージは少年っぽいと言われるけれど、料理ができて生活力があったりする点では伝統的な日本女だと目されます。
 小説を書いているときは、こんなふうにたくさんの自分のうちの誰かが、ごくごく自然に語っている感じです。
 それを客観的に見て文章に起こしている自分が、語り手とは別に存在します。
 客観的な方の自分が「撮影」しているんです。

 ――撮影……ですか。こういう表現を初めて聞きました。第7回目のゲスト、叶響希さんもエキセントリックな表現を用いておられましたが、いやはや、実作者のことばには、虚を衝かれます。
 着筆前に基礎を固めておかないと不安だ、ということをおっしゃいましたが、取材もかなり丹念におこなうほうでしょう。

氷月 必要なだけ、徹底的に……歴史学者の気質なんですよ。あまりにも徹底的にしすぎると自分でもわかっているので、あえて身近な題材でしか書かないようになってきています。
 大学では東洋史系に進みたいと考えていて、たとえば今、漢文の授業で読んでいる『史治通鑑』の紀元前3世紀末、ちょうど項羽と劉邦が天下をめぐって争っている頃の歴史が、おもしろくておもしろくて。
 そこに出てくる乱世の策が、いつの間にかわたしにとって切迫したものとして聞こえてくるようになってしまっています。「漢王ニ説キテ曰ク」と返り点を打ちつつ、すごい勢いで戦略をノートにとりつつ、中国の地図をにらみつつ、わたしは天下動乱する秦末の中国大陸にいるんです。完全に。
 そんなふうだから、舞台設定をあんまり凝ったものにすると、いつ小説家に戻れるかわかりません。危険なので、研究が充実してくるまでは、現代日本の身近なあたりで。


〈その3〉 リアリティとは、「わたし」の感覚である。

 ――読みたい! 早く読ませてください。リアルでしょうな。あ、ところでリアリティというものをどのように考えてますか。氷月さんにとってリアリティとは?

氷月 「わたし」という感覚ですよね。
 限界や限定の存在で、逆に見えてくるもの、ですか。

 ――ですか、って。もう少し具体的にお願いします。

氷月 鏡がなければ自分の顔は見えないけれど、頬に触れてみたら「あ、ニキビができてる」とわかりますよね。
 触れてもいないのにニキビのことが書いてある文章だと――特にそれが一人称だと――、「わたし」が乖離している感じがして、不自然というかうそっぽいというか、そう思います。
 ……曖昧すぎますか?

 ――いや、よくわかります。リアリティということを難解に考えることはないんですよね。
 では、リアリティにとって必要なものは?

氷月 観察力、です。自分に対する観察と、「これ」と絞った対象に対する観察と、何気ない日常に浅く広く展開させた観察と。
 そういう観察の総合が、おのずとリアリティを作り出してくれるみたいです。
「みたいです」というのは、わたしが気をつけているのが、このくらいのことですから。
 『夏の約束』で男子中学生であるユータの語りに違和感がないと評価していただきましたが、なぜあれほど驚いてらっしゃったのか、逆にわたしには不思議でした。

 ――驚きますがな。あれほど違和感なく書けませんって。

氷月 同性であるミヤの側から書こうとは、まったく考えませんでした。
 ユータでないと書けない、と思っていて。直球勝負でミヤに向き合ったユータは、わたし自身の姿ですよ。
 そしてもちろん、「おれは男だから」の意識とか、自分に内在しないものもユータには語らせました。
 そのあたりは、実際の男性を観察した結果に得たものです。

 ――やっぱり観察眼ですよね、決め手は。異性が書けないと嘆いている人をよく見ますが、とにかく観察することですよね。まわりにはたくさんいるんだから。
 ところで、執筆の障害になるものってあるんですか?

氷月 原稿の段階によって違います。
 高校時代の話ですが、英語の授業は大嫌いでした。当時の先生は、英語をしゃべれないのに、SVOCとかhave + p.p.とか唱えるんですよ。指名されたときに回答できるくらいに予習を万全にしておいて、イライラする授業自体は無視させていただいて、内職として小説の下書きをプリントの裏に書いていました。
 こういう書き方をしていたわけだから、少しくらいざわついた場所でも、スイッチを切り替えたら、唐突に「氷月まさら」になれます。『夏の約束』の大部分も、家庭教師のバイトまで時間つぶしをするためのファーストフード店で書きました。

 ――すぐに書けるもんなんですか。

氷月 テンションが高まり、物書きの状態に切り替わったら一瞬です。「かちっ、氷月まさら参上、書くぞ!」

 ――すごい。

氷月 そんなふうに、下書きはどこででも殴り書きできますが、しばらくそれを寝かせた後、読み返して手を加えながらワープロの原稿にしていく作業は、自分の部屋という静かで閉鎖された環境でないと、意識が集中しません。

 ――寝かせたり、ワープロで打ち込んだりという過程は推敲と考えてもいいですか。

氷月 はい。手を加えつつ読み返して、興奮が冷めるまで日単位で寝かせて、それから読み返してみて気に入れば、推敲完了です。気に入らないときは、また寝かせます。

 ――書けないときは?

氷月 寝ます、もしくは歩きます。無理して書くことは、受験勉強と変わりません。問題集の解答例どおりの文章しか組み立てられない状態で書いても、何も面白くはありませんから。

 ――推敲は静かな自室で?

氷月 下書きは場所を選ばず、その後の過程は自室にこもります。あ、私が意識を集中している状態は、「怖い」との定評がありますよ。センサーが極度に敏感になっているから、場面に対する記憶力と観察力が尖るだけ尖って、読心術を使うようになる、のだそうです。

 ――読心術! うーん。ちょっと話題を変えまして、苦労した作品というのはありますか。

氷月 どんな作品よりも、間違いなく絶対にはるかにどうしようもなくメチャクチャに苦労したのは、今は無事に在学中の大学の入試問題、国語・英語・数学・世界史、です!
 量の多さに比して制限時間の短いこと、どんな売れっ子作家の先生方でも青くなります。

 ――リアリティあふれることばですな。ワープロの話が出たところで、執筆環境を教えてください。

氷月 パソコンはFUJITSUのFMV、プリンターはCanonのPIXUS851i。パソコンは大学に受かって一人暮らしを始めるときに両親に買ってもらいました。テレビもDVDもCDも、全部これ一台ですませられるので、狭い部屋の省スペースにも貢献してくれる相棒です。

 ――ソフトは?

氷月 以前は親のパソコンに入っていたアカデミックパックの一太郎を使っていました。Microsoft Wordに変えたのは、大学のパソコンには一太郎が入っていなくて、わざわざ入れるのも面倒だったから、です。使い心地は、可もなし不可もなし。要は書ければいいんですから。

 ――高校時代には文芸部誌に寄稿していたくらいですから、氷月さんが小説を書いてることは、ご両親もご存じなんですよね。

氷月 両親の反応は親ばか丸出しで、恥ずかしいです。 弟は、国語の宿題で短歌が課題に出されると、わたしを頼ってきたりします。
『夏の約束』を長崎の離島(五島列島)のことばで書いたのは、関西弁の中で過ごしている反動だったかもしれませんが、ことばから来る親しみがあるせいか、家族はあの話をものすごく気に入ってくれています。
 わたし自身、「五島弁文学」の文章をもっと書いてみたいと思っています。


〈その4〉 1日36時間が理想。

 ――いい話だなあ。
 さて、最後になりましたが、氷月さんの文章観というものをお聞かせください。まず、これまでのキャリアをとおして心構えの変化などありましたか。

氷月 野心むきだしの勢いで書いていた中学時代よりは、落ち着きました。自分の中の大切な記憶や思いを忘れないために書き留める、くらいの、優しさに近い気持ちで文章を書けるようになりました。
 抑えていないと、強いことばばかり選んでしまうので、場面に応じた日本語を使うようにしています。下書きの段階では気が回らないので、ワープロ原稿の形に持っていくときに心がけていることですね。
 これから起きるかもしれない変化としては、「恋」をすれば書けるようになるかもしれないかな、と思ったりしています。
 今は、小学校の中学年から中学にかけての記憶や思いが書きたいところです。
ユータとミヤにしても、その年代でしょう? 精神年齢がその時期から変化していないみたいです(笑)。

 ――文章のトレーニングということをしてらっしゃいますか。

氷月 トレーニングに入るか分かりませんが、外国語の勉強には打ち込んでいます。外国語を学ぶと、日本語もよく見えてくるんです。
 文法的な技法は、英語に学んでいるところがたくさんあります。主語と目的語のハッキリしない文を書かないように、とか。能動態と受動態の効果的な使い方、とか。
 でも最近は、特に携帯電話のメールを打つときには、中国語の文章構造に影響を受けています。文頭に文の主題をポンと置いて、以下は主題の説明、という感じです。

 ――文体にも大きく生かされそうですね。作品によって文体を変えることがありますか。

氷月 変えるのが自然だという認識が、身についてしまっています。
 漢文の書き下し調の響きが好きだったり、英語のテキストの和訳は固い文章にしがちですが、書いていて好きなジャンルはファンタジーか、小学校中学年以上向けのハードカバーか、そういったあたりです。
 基準と言えるほどの基準はないけれど、「こういう作品はこの年齢の頃に好きだった」という、ごく主観的な読者年齢を想定して変化させています。

 ――これは文体とは直接関係ないかもしれませんが、漢字の使い方や選び方に独自のルールを決めてらっしゃいますか?

氷月 漢字に限らず、自分のスタイルを構築中で、いいと思う要素をどんどん吸収していっているところなんです。

 ――分析しながら?

氷月 国語の授業で注目するような、作家の癖みたいなものをいつの間にか分析していることを除けば、純粋に楽しんで読みます。
 わたしの読書は、何名かのお慕いする作家さんの作品ばかりを集めて、じっくりじっくりその世界観を楽しんで、「やっぱり○○先生はすばらしい」と確認する、といった感じで……マニアックですね。

 ――お慕いする作家さんとは? 差し支えなければ教えてください。

氷月 久美沙織先生、はやみねかおる先生、田中芳樹先生、宮部みゆき先生、あさのあつこ先生、……ありとあらゆる面で、さまざまな影響を受けています。

 ――ご自分のスタイルを構築中ということですが、目標というか、理想型というか、そういうものは見えてるんでしょ?

氷月 書いていて気持ちのいい文章と読んでいて気持ちのいい文章が違うことは、だんだん分かってきました。
 書いていて小気味いいのは、感情を文章の前面に押し出すときです。でも、読んでいて、感情をぶつけられるのは心地よくありませんよね。といって、気持ちの入っていない文章はパサパサしている感じがします。
 まだよく分かりません。10年くらいしたら、もう一回、訊いていただけますか?

 ――しかと承りました。では、10年後に(笑)。
 ところで、氷月さんはご自身のサイトで小説を発表されていましたが、オンライン文芸の現状をどう見ていらっしゃいますか。

氷月 文章を書くことが簡単だと思われるようになっていますね。
 マンガやゲームの二次創作では、目にする人の感性や品性を貶めるくらいの作品が存在したりするのが、悲惨なものだと思います。
 そのぶん、そうでない作品に出会ったときのうれしさは本当に大きいものです。
 身内だけでなく、読者のもっと対象を広げて書いていただけると、もっとありがたいです。

 ――これから小説を書こうと思っているかたへのメッセージなどがありましたら……。

氷月 ライバルですね。切磋琢磨して、高みを目指していきましょう。

 ――では、最後の最後に、ご自身の展望をお聞かせください。

氷月 学ぶこと、です。
 大学は、絶対に修士課程には進むつもりで、ひょっとしたら博士課程までとことん行くかもしれません。
 バイトで稼いだお金は、がっちり貯め込んであって、留学用の資金です。
 高校2年の夏以降、毎年オーストラリアのケアンズという街に行くことにしているし、今年の夏からは中国にも渡って、中国語の修得を目指します。

  ――時間がいくらあっても足りないんじゃないんですか。

氷月 1日36時間くらいあったら、なんていう無茶を考えたりします。
 日常の合間に下書きを書くのと、じっくり時間をかけて仕上げていくのと、どちらにせよ時間がなければできないことです。
 大学生は時間があると思われがちですが、少なくともわたしは忙しいです。
 学校とバイトを両立させるために必死です。
 大学では、今のところ無欠席です。居眠りしない、予習復習を欠かさない、まじめな学生です。
 高校時代の英語の授業の話からは、ちょっと想像しづらいかもしれませんが、今は授業中に物書きになったりはしていません(笑)。
 バイトは、普段は飲食店でホール・兼・皿洗い・兼・調理補助をしています。学生街の定食屋で、18:30〜24:30くらい、週に3回か4回です。これとは別に、定休日には家庭教師のバイトもしています。
 こういうわけなので、もっと時間がほしいです。学校とバイトと執筆と、「三立」させられるくらいの時間……。

 ――切実ですね。しかし、氷月さんは今、弓道でいうところの「打起し」から「引分け」に至る過程じゃないんですか。どれくらいあとになるかわかりませんが、きっとすばらしく、鋭い「離れ」を見せてくださると信じています。
 今日は長時間にわたって、どうもありがとうございました。

氷月 こちらこそ、十分に語らせていただきました。余計なことまで(笑)。
 もともと口数は多い方ではないので、そろそろ本当に十分です。ありがとうございました。




志(こころざし)というものがひしひしと伝わってきて、なんだかうれしくなりました。「いたんだなあ、こんな人が」、というのが、インタビューを終えての正直な感想です。

学業が創作にどのように反映されるか、これからの活躍が実に楽しみ。氷月さんはきっと、これから「出てくる」人だと確信しました。

作家も学者も体が資本ですから、あまり無理をなさらず創作を続けていただきたい。そしていつの日にか、氷月まさら作品満載のサイトが再会されますことを祈っております。


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