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第8回
「書けるときに書きまくれ! これ、鉄則です」

ゲスト/辰巳 英樹(たつみ・ひでき)さん
著作/『彼岸の島へ』 『禊島(みそぎじま) 『鏃(やじり)


辰巳英樹さんと初めてお会いしたのは二十数年前。「小説を書いたので読んでくれませんか」と照れくさそうに原稿を差し出した好青年の印象が強く残っています。

Web Publishing AZUSA設立を機に旧交を温め、今回、久しぶりに本人にお会いして、話をうかがうことができました。立春を目前に控えたある日、梅田で待ち合わせをしたのですが、好青年の面影はすでになく、すっかりおじさん(って人のことは言えませんが)。

しかし、創作について熱く語る姿は、二十数年前とちっとも変わりませんでした。昔話も飛び出しますが、年寄りの繰り言ということでご容赦を。



〈その1〉 応募歴6か月で成果が上がりはじめた

Web Publishing AZUSA(以下――)お久しぶりです。辰巳さんとはサイト設立以前からのお付き合いですね。

辰巳 もう20年くらいになるんじゃないですか。狂ったように新人賞に応募していた時期ですよ。よくおぼえてます。

 ――年間、何作くらい応募してたんですか。

辰巳 エンタテインメントに絞ってました。あ、当時はそんなことばなんてなくて、「中間小説」って言ってましたね。

 ――そうでしたそうでした。中間小説と純文学という分け方でしたね。まだ、小説雑誌が元気だった時代で……。オール読物、小説現代、小説新潮、小説宝石があり、さらに小説すばるが創刊されたりしました。5誌ぜんぶに応募してたんですか。

辰巳 推理もの以外はね。

 ――小説現代が年に2度の公募でしたから、年間6作品? 隔月刊ペース?

辰巳 小説新潮と小説すばるの上限枚数は長めで、ちょっとハードだったけど、ほかは80枚くらいだったから何とか書けました。

 ――ぜんぶ違う作品なんでしょ?

辰巳 もちろん。文体とか作風とか模索していた時期だったので、どれだけ書けるのか試してみよう、と。

 ――それが何年続きました?

辰巳 3年ほどですね。応募から選考通過発表までタイムラグがあるから、実際に書いていたのは2年でしょう。本業のほうが忙しくなってきたり、結婚も迫ってきたりで、執筆にあてる時間もエネルギーも足りなくなりました。

 ――もったいないじゃないですか。せっかくそこまで書いてきたのに。作家になろうという意思はあったんでしょ。

辰巳 運が良ければ、という程度の気持でした。専業で食っていこうなんて、とんでもないですよ。恐ろしい例を見聞きしてましたから、同じ轍は踏むまいと。

 ――恐ろしい例?

辰巳 これ、言っちゃっていいのかな?

 ――差し障りのない範囲でお願いします。

辰巳 身近に作家志望のかたがいまして、ある文学賞の候補になったんですね。編集者から「ぜったいに取れる」って言われて、東京に引越したんですよ。

 ――受賞前に?

辰巳 ええ。仕事もなげうって。ゲラまで見せてもらったらしいから、本人がその気になるのも無理はないですよ。でも、賞を逃してしまったんですね。それ以来、あえて定職に就くことをせずプロ作家をめざし続けているらしいんですが、名前はまだ聞きません。

 ――あちゃあ。またずいぶん思いきったことを……。でも、よくある話ですよね。

辰巳 当時は、プロ作家になるなら東京へ、というのが常識でしたからね。インターネットなんか影も形もなかったし。東京の編集者とやりとりする手段は、郵便か宅配便かファクスでした。エンタテインメント小説の作家は、よほど名がないと地方在住は無理だった。

 ――夏樹静子さん、筒井康隆さん、故笹沢佐保さんとかね。あとは地方名士になるのが関の山って感じで。今ではバリ島に住んでたって作家活動ができますから、変われば変わるもんですな。

辰巳 まあ、そんなこともあって、プロ作家に人生を懸けようとは思わなかったですね。自分の実力がどの程度かもまだわからなかったし。

 ――隔月刊の3年間の成果はどうでしたか。

辰巳 最初は箸にも棒にもかからなかったんですが、1年を過ぎる頃から一次選考通過者発表に名前が載るようになって……。

 ――ということは、応募を始めて半年ぐらいの作品からひっかかりはじめたわけだ。まあ、そんなもんでしょうね。

辰巳 そんなもんなんですか? 自分では遅いくらいだと思ってたんだけど。

 ――それまで何年ほど書いてたんですか。

辰巳 高校生の頃からだから、5年くらいかな。

 ――他人の目や賞を意識しないと、なかなかうまくならないものですよ。それに、2か月1作品のペースをキープしたのがよかったんです。他人の目を意識すること、そして書きつづけることが腕を上げるための条件ですね。で、最高、どこまで行きました?

辰巳 100枚の短篇で最終候補が3回。これはずっと後なんですけど、300枚の長篇で最終の1歩手前が1回。


テクノロジーの洗礼を浴びた世代

 ――そこまで行ったのにやめちゃったんですか。

辰巳 結婚、子育てで、それどころじゃありませんでしたよ。自分の実力が計れただけでも満足です。いつでも再開できるっていう自信もついたから。

 ――ということは、やめてはいないということ?

辰巳 子供に手がかからなくなったから、ぼちぼち再開しようかと思っています。隔月刊ペースは無理でしょうけど。

 ――昔の作品を加筆修正すれば、またいいとこまで行くんじゃないんですか。

辰巳 それは考えてませんね。エンタテインメント小説って、時代の空気を映すものじゃないですか。20年ちかく前の作品に多少、手を加えたくらいじゃ現代小説にはならないんじゃないかなあ。それに、原稿もないし。

 ――え?

辰巳 ぼくたちは、もろにテクノロジーの洗礼を浴びましたからね。

 ――どういうことですか。話がまったく見えません。

辰巳 最初は原稿用紙に手書き、次はワープロ専用機、そしてPCでしょ。そのたびに記録形態が変わるわけで、互換性はまったくない。あったとしても、そのための費用がかかりすぎるから、一般的なサラリーマンには高嶺の花ですよ。

 ――具体的にお願いします。

辰巳 いいんですか? こんな昔話、退屈じゃないかな。

 ――まあまあ、それは読者の判断に委ねましょう。どうぞ、続けてください。

辰巳 ワープロ専用機の登場には興奮しました。推敲が飛躍的に楽になるのがうれしくてうれしくて。まだフロッピーディスクが5インチの時代ですよ。パーソナル用で50万円とか平気でしてましたけどね。
 学生時代に、知り合いから中古を譲ってもらったのが、ワープロ専用機との初めての出会いでした。ハードディスクなんてもちろん入ってませんから、5インチのシステムフロッピーにいちいち書き込まなくてはならなかったんですよ。漢字だって、内蔵ROMには第一水準だけしかなくて、第二水準漢字はやっぱりフロッピー読み込みでした。

 ――モニターは?

辰巳 本体一体型の10インチ。黒バックにグリーンの8ドットゴシック体でねえ。なつかしいなあ。

 ――手書きにくらべて、ずいぶん楽になりました?

辰巳 天と地ほど。印字なんて品質云々以前のレベルなんですけど、それでも夢のような機械でした。人類もついにここまで来たか、と。

 ――パソコンへの乗り換えは早いほうでしたか。

辰巳 世間がウィンドウズ95でにぎやかなときも専用機。ウィンドウズ98SEになってからかな、PCを使いはじめたのは。会社が導入したもんだから、しょうがないですよね。専用機の調子も悪くなりはじめてたし。
 でも、テキストファイルという概念がわかったのは、ありがたかった。

 ――なるほど。これまでの作品をテキストファイルで保存しようと思ったんですな。これで永久保存。OSに関係なくデータが読み出せるぞ、と。

辰巳 コンバートの半ばで、ついに専用機がぶっこわれまして、作品の半分以上は専用機フォーマットのままなんですよ。

 ――コンバートソフトがあるでしょうに。

辰巳 けっこう高いですからね。旧作を救出する以外、使い道もないから、なんだか踏み切れなくて……。

 ――「テクノロジーの洗礼」とは、そのことでしたか。

辰巳 ぼくみたいな人もけっこう多いんじゃないでしょうか。便利なのはつねに最先端で、テクノロジーがとおったあとは死屍累々。ネットでの調べものも含めて、小説を書くだけなら、ペンティアム4もウィンドウズXPもオフィスXPもオーバースペックじゃないですか?

 ――ということは、執筆のためのIT環境はすでに整ったということですか。

辰巳 じゅうぶんでしょう。だから、創作を再開する気にもなってるんです。

 ――では、辰巳さんの執筆環境を教えてください。まずはハード面から。


〈その2〉 PC相手の遊びにはキリがない

辰巳 ハードは普通のデスクトップ。ビジネスユースに特化したやつで、テレビだって見られないし、CD-Rも焼けないし、内蔵スピーカーすらないやつです。

 ――ビジネスに特化したというよりも、ほとんど素のマシンというか……。ひょっとしてキーボードにはすごいこだわりがあったりするんじゃないですか?

辰巳 いいえ。キーボードもマウスも付属のもの。道具にはあれこれ凝りたくないんですよ。ただし、ソフトは別ですけどね。

 ――来た来た。マニアックな話が聞けそうですよ。

辰巳 会社ではワードを使ってるんですが、あれは文書を作るためのもので、文章を書くものじゃない。重いせいか、ファイルがすっと開かないのもいやですね。

 ――はあ……。

辰巳 いろいろ使ってみた結果、テキストエディタがベストだということがわかりました。

 ――軽いですからね。わたしも文章はテキストエディタで書いてます。ちなみに、ソフトの名前は?

辰巳 QXエディタというやつ。最近、ベクターで見つけて、カスタマイズの真っ最中です。本格的に使うようになったら、ちゃんとライセンス料を払おうと思います。なかなかいいソフトです。編集長お薦めのエディタは?

 ――よくぞ訊いてくださいました! 最初、エディターというものは(編集部註:どうでもいいエディタ談義のため、省略します)

辰巳 今度使ってみますよ。とにかく軽いのがいちばんですよね。

 ――ほかにもなにか使えるソフトをご存じなら、ぜひ教えてくださいよ。

辰巳 とりたててありませんね。あとは、フリーのランチャーを入れてるくらいかな。

 ――まさに道具としてのパソコンですね。いろいろ遊んだりはしないんですか。ゲームとか。

辰巳 ゲームにせよチャットにせよ、きりがないでしょう、PC相手の遊びって。

 ――たしかに。

辰巳 ファミコンで懲りたので、PCでは遊ばないことに決めました。


ジャンルものにつきまとう危険性

 ――で、満を持していよいよ創作に取りかかろうとしてるわけですね。着筆のご予定は?

辰巳 というか、実はちびちび書いてはネットで発表しています。

 ――どこかの文芸サイトに?

辰巳 うーん……。文芸サイトというより、投稿主体のテキストサイトって言ったほうが正しいかもしれない。

 ――小説なんでしょ?

辰巳 というより体験談。ちょっとやらしいやつ。

 ――まさか、ポルノ。

辰巳 そんなようなものです。

 ――ポルノを貶めるわけじゃありませんが、ジャンルはほかにもあったでしょうに。

辰巳 読者の目的がはっきりしてますから、そのツボをつけるかどうか試してみようと思いました。BBS形式なので、反応がすぐに返ってくるのが新鮮です。

 ――完全な創作なんですか。

辰巳 野暮天なもので、そういう気色のよい体験なんかこれっぽっちもありません。すべて創造の産物。もう20話ちかく続いています。

 ――続き物なんですか。

辰巳 ええ。平凡な中年サラリーマンが体験する“性の地獄めぐり”といった内容です。構成には頭を使いますね。毎回毎回、やらしいシーンを出すと読者が麻痺しちゃいますから、按配というかさじ加減というか……。

 ――通常、書いてしまいがちですよね、ウケを狙って。でも、それこそ読者が期待していることじゃないんですか。

辰巳 ポルノにかぎらず、読者を引っ張ってゆくコツは、緩急のつけかたです。短篇の読み切りならいざ知らず、続き物は、山場ばかりだとかえって単調になります。読者の期待をちょっとだけ裏切ってみるのも、読者の期待を次につなげるためには必要でしょうね。もちろん、裏切りつづけるとすぐにそっぽを向かれてしまいますが。

 ――1回の分量はどれくらいですか。そして、頻度は?

辰巳 原稿用紙4枚程度。月に2、3回ですね。

 ――分量としては、新聞小説くらいですね。それで、読者の期待を裏切る回は月に何度ほどあるんですか。

辰巳 定期的にあるわけじゃありません。ストーリーの進行によっては、ひと月まるごと山場だったりしますから。でも、いくら大きい山を経たとしても、何も起こらない回は1度にしています。

 ――読者がひと息つけるように?

辰巳 それと、次への助走ですね。ぼくの頭も整理しなくちゃならないし。

 ――え? すでにストーリーラインができてるんじゃないんですか。

辰巳 全体的な構成はまったく立てていません。よくて次の回くらいまでしか考えてない。一人称だからできることかもしれませんね。幾人ものキャラクターやサブストーリーを動かしてゆくような作品じゃないから。

 ――うちのライブラリーにご提供いただいている長篇は、もちろん構成を立ててからお書きになってるんでしょ?

辰巳 短篇だって構成を固めてますよ。でないと、人の出し入れがいびつになってしまう。自然に出せる人がうらやましい。

 ――現在の執筆活動はウォーミングアップなんですか。

辰巳 最初は肩慣らしのつもりだったんだけど、書いてて楽しくなっちゃって。評判もいいし。

 ――辰巳さんのことだから心配はないと思いますが、ポルノって筆が荒れますから気をつけてください。

辰巳 その危険はありますね。というか、それはジャンルものに共通することでしょう。ジャンルにつきまとうお約束はいいとしても、筆歴の浅いかたは、文章まで模倣してしまいますから。手垢のついた表現を無自覚に書いたりしてね。筆が荒れるというのは、そういうことですよね?

 ――おっしゃるとおりです。でも、また戦争もの書いてくださいよ。一ファンとして楽しみにしてるんですから。

辰巳 ライブラリーに掲載している作品は、ぼくとしては老人もののつもりで書いたんですよ。狂気にせよ、巻き込まれにせよ、老人が輝く一瞬を描きたかった。


〈その3〉 舞台は「玉砕の島々」に決めていた

 ――そうだったんですか。太平洋戦争小説だとばかり思ってました。

辰巳 今の年寄りが経験した戦争は太平洋戦争しかありません。でも、小説の主人公として活躍させるには、経験者はみな80歳以上になります。もう書けないんじゃないかな。

 ――ちょっと待ってください。なぜ、そこで戦争を持ち出すんですか? 老人が輝くときって、いろいろあるでしょう?

辰巳 戦中派は、あの時代に青春時代が重なってしまった。青春の輝きと戦争の記憶は不可分だと思うんです。日本が戦争をしたってことは、すごいことなんですよね。「あのときは大変だった」という内容の小説やノンフィクションはたくさんありますが、「戦いはエキサイティングな体験だった」という内容のものは、寡聞にして知らない。だったら、書いてやろう、と。

 ――かなり時間をかけて調査したんでしょ?

辰巳 『鏃』と『彼岸の島へ』のときは、インターネットなんて影も形もありませんでしたから、ぜんぶ書籍・雑誌で。

 ――雑誌はやっぱり「月刊 丸」?

辰巳 いろいろですよ。戦記ものから「GUN」「コンバット・マガジン」まで。三八式歩兵銃や南部十四年式拳銃などについて調べてゆくうちに、うちの死んだ爺様も兵器を触ることができた世代だったんだということを実感しましてね。それも、取り扱いには通暁していたんですよ。今から考えると、すごいことですよね。民間人が小銃や拳銃が使えるなんて。

 ――資料収集や取材ってキリがないでしょう。とくに戦争関係は膨大すぎて。

辰巳 戦地を絞り込んだから、それほど煩雑ではなかった。日本人が玉砕した島々を舞台にしようと最初から決めていました。

 ――それはなぜ?

辰巳 満洲だってニューギニアだって戦地には変わりはありませんが、海やジャングルという背景に惹かれるものがあったものですから。激戦地が、今ではリゾート。当時の状況を調べれば調べるほど、この落差に愕然としてしまいますね。

 ――長篇の『禊島』は、とくに調査が大変だったのでは?

辰巳 すでにネット環境が整っていたから、調べものは楽でしたね。「戦陣訓」全文などが見つかったのは大きかった。しかし、検索エンジンで探すのはちょっとしんどかったな。

 ――どの程度まで調べてから書きはじめるんですか。

辰巳 書ける自信がつくまで、と言いたいところですが、たいていは書きながら調べています。プロットが固まると、書きたくってしょうがないんですよ。創作の旬とでも言いますか……。

 ――放置しておくと腐ってしまう気がするんでしょ?

辰巳 そうそう。


説明は壁に打った釘

 ―― 一気に書くんですか?

辰巳 独身のころは、帰宅後は飯、風呂、執筆という順で。1日最低5枚を守って。でもね、あんまりノルマにこだわっちゃいけない。ノルマの消化が目標になる危険性がありますから。スピーディに進めなくてはいけない部分なのに、だらだらと書き込んでしまったりね。それでもノルマをクリアすれば、何かを書いたような気になってしまう。

 ――それってノルマとは言わないんじゃないですか?

辰巳 そう! そこを履き違えてしまうんです。このインタビュー集に登場したかたが、「書けないときは無理に書かない」とおっしゃってたでしょ? ああいう割り切りは必要だと思います。写経じゃないんだから、字を書くことを目標にしてどうしますか。話の進度こそ、ノルマにしなきゃならないんです。そこに気づいてからですよ、予選を通過しだしたのは。

 ――顕著にあらわれるものなんですねえ。わたしたちは出来上がった作品しか知りませんから、そういう背後の話は興味深いですよ。
 それで、枚数ではなく、お話の進み具合をノルマにした結果、小説の何がどのように変わりましたか?

辰巳 密度が高くなりました。密度の上げ方には二通りあると思うんです。書き込むか、省略するか。短篇を書いていた私は、後者を選びました。文章の省略と内容の省略を同時に行うと、作品に締まりが出てくるんです。

 ――すいません。もう少し、わかりやすくお願いします。文章と内容の省略で、なぜ密度が高まるんですか。

辰巳 説明を少なくせざるをえなくなるからです。説明は壁に打った釘みたいなもので、必要な箇所にポイントとしてあればいい。それに描写と会話がぶら下がり、物語を膨らましてゆくわけですから。
 読者がすでに知っていることは、二度と書かない。これは、リズムを生み出すためにも必要ですね。

 ――いっそのこと、描写と会話だけで進められませんか。

辰巳 それは無理でしょう。セリフに説明が忍び込みますから。説明に描写をまぶすのがベストだと思います。

 ――なるほど。では、長篇の場合についてはいかかですか。

辰巳 ある程度は書き込まなければ、わけがわからないものになるでしょう。説明が必要なほどのスケールだから長篇になるんですよね。登場人物も多くなり、密度は自然に上がります。ただし、長篇だからといって、説明ばかり書き込んでいては逆効果ですが……。


〈その4〉 スピンオフがはらむ危険性

 ――最近、多いですよね、長いだけの小説って。こんなの200枚で書けるだろ、という話に500枚以上使ってたりして。

辰巳 長篇の場合、伸ばすのは結構、楽なんですよ。

 ――楽ですか?

辰巳 自然に伸びるもんなんです。いま言ったように、登場人物を増やせば、当然ね。

 ――わけがわからなくなりませんか?

辰巳 ただ増やすんじゃなくて、その人物の視点で描かれるシーンを入れていけば、人物造形にも使えるし、ひとつの事象をいろんな角度から描くこともできる。魅力的なキャラクターが生まれることもあります。

 ――スピンオフを考えたりします?

辰巳 しません。スピンオフばかりやってると、物語の世界観が狭くなるような気がするんです。シリーズものだってそうですよね。戦う老人ものを3本書いてきましたが、もういいかなって思っています。パターン化にはまり込んでしまうのが怖いですから。

 ――ジャンルはどうですか。パターン化を避けて、固定しないとか?

辰巳 そんなこだわりはないんですが、やはり書ける書けないはありますよね。

 ――書きたい書きたくない、ではなく?

辰巳 書けるものなら何でも書きたいですよ。でも、書けない。資質の問題を無視してまで、無理に挑戦する必要はまったくないと思います。


たかがジャンル、されどジャンル

 ――話を戻します。登場人物を増やせば枚数は伸びるということでしたが、そのさじ加減がまた難しいんじゃないですか? 幹は貧弱、枝葉は立派という具合になったりして……。

辰巳 それならまだいいほうですよ。書いてみたのはいいけれど、幹も枝葉も貧弱だったということもありますからね。偉そうに言ってますが、これは、自戒でもあるんです。
 長篇を書きはじめた頃、枚数ばかり気にしていました。先ほどおっしゃったように、適正枚数200枚という話を500枚に引き延ばしたりしてね。書いていて、ぜんぜん面白くなかった。仕上がりも推して知るべし、です。

 ――それでも最後まで書いたんでしょ。途中でやめようとは思わなかったんですか。

辰巳 どんな作品であれ、書き通すことに意味があると考えていましたからね。それは今でも変わりません。途中で投げ出す癖がついてしまうと、おしまいですよ。書き上げてこそ見えてくるものがあります。

 ――何でもそうですよね。失敗作ですら一種の成果だという考え方がありますね。

辰巳 そうそう。失敗は成功の反対概念ではない。何もしないことこそ、本当の失敗だという考え方ね。「無為の罪」ともいうべきかな。

 ――お、出ました。「無為の罪」か……。投げ出した作品はひとつもないんですか。

辰巳 SFと青春小説だけは挫折しました。もう、これは資質の問題ですよ。読むのは好きなんですけどね。

 ――そういうもんでしょ。器用貧乏になられても困ります。

辰巳 ジャンルというのは、あまり意識しないほうがいいのかもしれませんね。ジャンルに当てはめようとすると、どこかに無理がきます。書き上げてから考えてもいいんじゃないかな。

 ――ジャンルって奇妙ですよね。文体、スタイル、内容という、まったく別の概念で分類してあるでしょ? うちのライブラリーも、一応ジャンル分けしているんですが、ゆるく大まかに分けるほかはありませんよ。読者の目安になれば、という程度に考えています。

辰巳 たかがジャンル、されどジャンル。

 ――帯に短し襷に長し。

辰巳 そのたとえはちょっと違うような気がする。


〈その5〉 ほめられたほうが、やる気がおきる

 ――ところで、新人賞に応募されていた頃、短篇での最終候補が3回、長篇で最終の1歩手前とおっしゃいましたが、別々の出版社だったんですか。

辰巳 ぜんぶ同じ出版社です。こだわりというほどのものではないんですが、最初に候補になった文芸賞を主催していたのが、そこだったというだけです。その間も、他社の新人賞に応募していましたよ。しかし、その出版社とは相性がよかったんでしょうかね。

 ――先方からコンタクトがあったりするんじゃないんですか。有望な新人だということで。

辰巳 2回目の最終候補のあとで、電話がありましたね。来年、もう1回出してみないか、と。

 ――ほお。

辰巳 本業が忙しくなってきていたので、創作にばかり時間を割くわけにはいきませんでしたが、なんとか書き上げて送りました。締切日がなかったのは助かりました。

 ――応募締切日がない、ということですか?

辰巳 ええ。シード制で下読みなし。二次予選発表に間に合えばいいということでした。

 ――なるほど。優遇されましたねえ。

辰巳 自分としては、出来はイマイチだったんですよ。いくらシード制だからといって、受賞は無理だろうと諦めてましたね。
 案の定、結果は受賞作なし。万年最終候補に見切りをつけました。

 ――その後、向こうからの接触はあったんですか。

辰巳 いいのが書けたら出版してくれるという話もあったんですが、そういう「たら話」に打ち込む時間はありませんでした。以降、年賀状のやりとり程度でした。
 社会人として安定した頃、突然、創作の虫が疼きはじめましてね。その出版社の長篇小説部門の新人賞に応募したんです。短篇のときとは別のペンネームで。

 ――編集者には連絡しました?

辰巳 まさか。十数年間、「あけましておめでとう」ってやってただけですから、今さらそんなことを言うのも厚かましいかなと思って。

 ――厚かましくはないですよ。力のある書き手なら大歓迎でしょうに。

辰巳 その作品は三次選考止まりでした。

 ――候補の一歩手前?

辰巳 ええ。「ここまで行くか?」と、自分でも驚きましたね。錆びついていないことがわかっただけで大満足ですよ。その後、くだんの編集者から連絡がありました。もう一度、出さないかって。

 ――またまたシード制?

辰巳 シード制なんかより、そう言ってもらえたのがうれしくって。ところが、その編集者が配置換えになったんです。もちろん、引継もしてくれました。後任がいろいろアドバイスくれるという話でした。

 ――もう気合入りまくりでしょう。

辰巳 編集者からのアドバイスがもらえるわけですから、こりゃ固いなと思いましたよ。今度はシード制じゃありませんから、とにかく早く書いて、見てもらうつもりで。
 締切の3か月前には初稿が上がりました。

 ――で、アドバイスはどうでした?

辰巳 なーんか、いまいちでねえ。陳腐なアイデアばかり出すんですよ。挙げ句の果てに、募集締切の早い別の賞に出さないかという話になりまして……。

 ――他社の?

辰巳 いえ、他社と共催の。

 ――いい話じゃないですか。受賞すれば、2社から註文が来る。

辰巳 ジャンルがまったく違う賞なんですよ、それが。

 ――え?

辰巳 差し障りがありそうなので詳しくは言えませんが、いわば、ホラー小説を準備していたのに、本格推理の賞に応募しろと言われたようなもんです。
 渋ったんですが、「だいじょうぶ。いけます」と押し切られて……。

 ――それで?

辰巳 一次すらかすりもしません。当然ですよね。ピントはずれもいいところですから。マーケティングすらできない馬鹿なやつっていう感じでしょう、下読みの人にとっては。

 ――クレームはつけたんですか。

辰巳 どこがどのようにダメだったのか、それだけでも聞かせてほしいとは言いました。「下読みの者に確認します。すぐに連絡しますから」でおしまい。その後、連絡はいっさいありません。大手出版社の編集者って、そんなもんなんですか。

 ――大手とか関係ありませんよ。人としてダメでしょう、そんな編集者は。どこの世界にもちゃらんぽらんな人間はいますけど、それはひどいな。

辰巳 派閥争いなどの政治的な理由というふうなことも、前の編集者からちらと聞きましたが、真相はわかりません。

 ――とんだとばっちりだ。むかつきますね。

辰巳 あてにはしてませんでしたから。こういうものは所詮、水もの。手許に、未発表の長篇小説が1本残っただけでもラッキーとでも言いますかね。

 ――悟りの境地ですな。

辰巳 というより、職業作家でやっていこうという気はさらさらありませんでしたから。自分が読みたい小説をマイペースで書いてゆくのが性に合ってるんですね。プロには向きませんよ。

 ――もったいないなあ。どーんとデビューしてくださいよ。そのアホな編集者を見返してやりましょうよ。

辰巳 ぼくの場合、怒りはエネルギーにならないんですよ。疲れるだけだから。それよりも、ほめられたほうが、やる気がおきる。ほめられたら、徹夜だってしますね。

 ――ほめちぎっちゃいますから、新人賞に応募してみませんか。

辰巳 うーん。知り合いにほめられてもね。
 
 ――なに贅沢なことを言ってるんですか、この人は。


〈その6〉 「初稿のマジック」

 ――辰巳さんの作品を読んでいて感じるのは枚数計算のうまさですね。枚数にぴったり合っているというか……。この枚数にはこれくらいの登場人物で、舞台もこれくらいでというふうに計算してるんでしょ?

辰巳 計算は苦手です。といっても、枚数内に収めなくちゃならない。悩むところですよ。

 ――好きなだけ書いてよし、というのがいいですか。

辰巳 それも困る。枚数という制約があるから、完結できるものなんですよ。ジレンマですね。

 ――話を考えついたとき、枚数より多くなりそうですか? それとも、少なくなりそう?

辰巳 100枚程度の作品の場合、初稿の段階でいつも2割はオーバーします。

 ――100枚の予定が120枚に? それが適正枚数だとしたら、枚数内に収めると不自然になりませんか。

辰巳 初稿のは適正枚数じゃないんですよ、きっと。がんがん削っていくと作品が締まりますからね。

 ――単に文章を削るだけですか。

辰巳 文章だけじゃ無理ですね。内容も削ります。いや、削るというよりも吸収合併というか、廃合というか。不要な枝葉を刈り込みます。いちばん枚数を食うのは、シーンなんです。不要なシーンをばっさばっさと。

 ――説明不足になりませんか。

辰巳 毎日少しずつ書いていくから、前のほうを忘れるのね。だから、言わずもがなの説明シーンを平気で書いてしまうことがあるんですよ。とくに、視点が少ない作品のときには要注意です。

 ――視点が少ない?

辰巳 すべての場面に主人公が登場するというような物語ですよ。ただでさえ単調になりがちなのに、くどい心理描写をしてみたりね。読み返してみると、読者はもう知ってるっちゅーねん、という声が聞こえそうになりますよ。

 ――そういうときはどうするんですか。

辰巳 視点を増やします。主人公が出てこないシーンを作るとすっきりしますね。

 ――ついさっきは、シーンの吸収合併とか言ってませんでしたか。今の話じゃシーンが増えちゃうんじゃないでしょうか。

辰巳 作品によりけりということでしょうかね。ぜったいにやってはいけないのは、作者の都合でシーンを増やしたり減らしたりすること。エンタテインメント小説では、読者への目配りを第一に考えなくてはならないと思います。

 ――あ、そのへんをもっと具体的にお願いします。

辰巳 読者の便宜を図るのは必要ですが、図りすぎは禁物ということです。「もう読者は忘れてるかもしれないから、いちおう書いといてあげよう」という意識ではダメ。なんのことはない、忘れてるのは自分自身なんですよ。毎日ちびちび書くことの弊害です。

 ――書くスピードと読むスピードは違いますからね。

辰巳 そこなんです。読者を信じることが大切です。頻繁に補足しておかなければ読者がとまどうような作品は、もうその段階で失敗作なんじゃないかな。だから、初稿は何度も読み返さなくてならない。ここをおざなりにしたままだと、いくら稿を改めても決定的な欠陥はそのままということになります。
 
 ――やっぱり、初稿が勝負ですか。

辰巳 初稿は、たたき台という程度に考えるのがいいでしょう。書き上げたのはうれしいけれど、そこでほっとしていてはいけません。作品づくりの本番は、ここからです。

 ――大変な作業ですな、創作というのは。

辰巳 と、思うでしょ。しかし、実はそれほどでもないんですよ。それが、『初稿のマジック』。

 ――は?

辰巳 ぼくが勝手に名づけたんですよ。初稿なら書き放題、という意味で。

 ――その心は?

辰巳 初稿が上がったからといって、その作品にかかりっきりになる必要はない、ということです。1作ずつ仕上げていかねば、と思うから大変なんですよ。

 ――よくわかりませんが……。

辰巳 初稿をばんばん書くんですよ。書けるうちにね。

 ――ストック?

辰巳 そう。推敲はあとでもいいんです。時事ネタを入れていないかぎり、鮮度は落ちません。というより、たたき台だから鮮度云々が言える状態ではないというほうが正しいでしょうね。とにかく、書けるときに書きまくることです。書いたことすら忘れた頃に見直すと、客観視できますからね。

 ――でも、旬というものがあるでしょう。さっき、エンタテインメント小説は時代の空気を映すものだから、過去の作品に手を加えてもダメだというようなこと言ってませんでしたっけ?

辰巳 あれは、決定稿ならば、という意味。初稿とはぜんぜん違いますよ。

 ――どう違うんですか。

辰巳 省略や加筆など、決定稿にいたるまで作り込みをしますよね。その過程で時代の空気を知らずに取り込んでしまう。ことばにしてもそうだし、ファッションなどの風俗にしてもそう。テイストとでも言えばいいのかな……。まあ、そんなものが全体に少しずつ影響しているわけで、書き直すとなったら一からじゃないと無理でしょう。その点、初稿は隙だらけの下書きみたいなものだから、あとでどうにでも染められますよ。

 ――なるほど。

辰巳 もうひとつ気をつけたいのは、たった1本の作品にこだわらないこと。愛着があるというのはわかりますが、そんな暇があったら新しい作品を書いたほうがましです。1作をいじくり回して腐らせるよりも、できたてを冷凍しておいて、あとで調理するということですね。書きつづけていれば、技術も向上しますから、それからでも遅くはないでしょう。
 ぼく自身、応募にこだわって作品数が伸ばせなかったことを後悔してるんです。書けるうちに書いておくべきだったと思っています。

 ――人生、何が起きるかわかりませんからねえ。

辰巳 ストックがあると自信がつくもんなんです。たとえブランクを作らざるをえなくなっても、書くべき作品が待っているのと待っていないのとでは、気分が違います。手直しはリハビリにもなるし。

 ――リハビリといえば、辰巳さんのリハビリはいつ終わるんですか? 例の投稿小説が完結するまで待たなくちゃならないんでしょうか。

辰巳 同時進行でいこうかな、と。長いのを書きたくなってきたものだから。
 
 ――おお。

辰巳 おもしろい時代ですからね、今は。新しい世紀になってからこっち、テーマはごろごろ。

 ――ごろごろですか。80年代、90年代はいかがでした?

辰巳 つまらなかった。スカみたいな時代でした。中途半端で。

 ――おじさんの愚痴が始まりそうなので、このへんにいたしましょう。本日は、どうもありがとうございました。

辰巳 え、もう終わり?




このあと、河岸を変えて、おやじの愚痴大会になったのですが、話題はもっぱらオンライン小説に集中しました。
休日の楽しみは、文芸サイトを渡り歩いて良作を見つけることとか。プロ裸足の作家を発見したときは、うれしくなると同時にライバル心に火がつくそうです。
「昔の文芸同人誌どころじゃないよね、そのときの衝撃たるや。でも少ないよ。頻度としては、半年に1人くらいかな」。
そんなサイトに行き当たるたびに刺激を受け、新作の構想を少しずつ固めてゆくという辰巳さんにとって、インターネットは欠くべからざる存在のようです。梅雨入り前には着筆、との言質を取りましたが、気長に待たせていただきます。



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