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第6回
日本語って、本当に美しい言葉だと思っています」
ゲスト/Milky Popinz(ミルキー・ポピンズ)さん
著作/『子爵の恋人』


今回のインタビューゲストは、大韓民国はソウルにお住まいのミルキー・ポピンズさん。Web Publishing AZUSAライブラリー掲載以来、平均して1日1本というダウンロード実績を誇る『子爵の恋人』が代表作です。

結婚後、外国に移り住み、妻として母として家庭を切り盛りしながら、なおかつ作家としての顔をもつミルキー・ポピンズさんならではのお話がうかがえそうです。

題して“The Soul from SEOUL”。張り切ってまいりましょう!
事前リサーチと取材をもとに構成しております。




〈その1〉 韓国エンタテインメント事情

Web Publishing AZUSA(以下――) 本日はよろしくおねがいします。ついにこの企画も海外進出ですよ。といってもメールのやりとりだけですけどね。

ミルキー・ポピンズ(以下ポピンズ) アンニョンハセヨ。わたしなんかインタビューなさって、何か出るのだろうかと、思いますが……。

 ――なにをおっしゃいますやら。韓国には一度も行ったことがないんですが、ここははずせないポイントなんていうところはありますか。

ポピンズ 子育てなどで忙しくて、わたし自身、まだ行ったことのない場所がたくさんあります。だから、メジャーなとこしか知りませんけど、ソウル市の北にある李朝王宮だった景福宮から、夜景がきれいな南山タワー。あと韓国らしいショッピングに南大門市場かな。大体観光に来た友達や家族を案内するコースは、いつもこんな感じですね。

 ――すみません。なんだかミーハーなこと訊いちゃって。最近、日本では韓国製のドラマが大ヒットしました。『冬のソナタ』とか『イヴのすべて』とかですね。『冬のソナタ』なんて、ロケ地ツアーが組まれているくらいですよ。エンタテインメントに対するクリエイターのセンスが敏感になってきてるんですか。

ポピンズ ロケ地ツアー? 日本でもそんなに人気があったんですか? クリエイターのセンス……、う、そういう難しいことを聞かれても、よくわかりませんが(笑)。じつは、最近ドラマとかまともに見てないんですよね。でも『冬のソナタ』は大好きでしたから、がんばって見ましたよ。あれは韓国産ロマンスですよねー。主演男優の微笑みがこたえられません。

――現地ではいまいちなんですか?

ポピンズ もちろんこちらでも、大ヒットでしたよ。原題『キョウル・ヨンガ』(冬の恋歌)再放送もやってましたし。韓国語でセリフを全部聞くのが大変でしたけどね。韓国のドラマで日本と一番違うと感じるのは、話に必ず、主人公たちの家全体が出てくることです。この話も親子2代の確執絡みでしたでしょう? 大体この国の恋愛ドラマは障害に、家の事情が来ることが多かったりします。そういうところに、大家族制がまだ残るこの国らしさを感じますね。

 ――なるほど。日本のエンタテインメントに対するいろんな規制もなくなりつつあるらしいですね。実感としてどうですか?

ポピンズ 日本のアニメの主なものは、ほとんど放映されていますよ。日本で見なくても大丈夫っていうくらい。

 ――たとえば?

ポピンズ ポケットモンスター、デジモンシリーズ、とっとこハム太郎、カードキャプターさくら、ベルばら……、あの、まだ言いますか?

 ――あ、いえいえ。それにはおよびません。単なる好奇心で訊いただけですから。すみませんねえ。

ポピンズ 日韓の壁がなくなっている実感はありますよ。ワールドカップの共同開催といい、本当に近くなったなあと思います。


ロマンス小説は女性の夢

 ――国境という壁がなくなったのは、やはりインターネットの功績もあるでしょうね。いろんな国に住む日本人が日本語のサイトを運営しているのを見るにつけ、感慨無量です。ミルキー・ポピンズさんも、ご自身のサイトを運営してらっしゃるし。

ポピンズ うちはね、最初はメルマガ発行用にやむなく細々と始めたサイトでした。

 ――やむなく?

ポピンズ メルマガを発行する条件に、自己サイトでのメルマガ紹介、というのがありまして……。

 ――そっかあ。メルマガだったらテキストオンリーだからなんとかなると思ったんでしょ?

ポピンズ そのとおりなんですよ。甘かったですね。付け合わせのおみおつけが食べたいのに、おかずを全部食べないとだめって言われたようなもので。

 ――ホームページ作成の経験は?

ポピンズ まったく(笑)。あまりにも無知でしたので、五里霧中状態で、何をどうすればサイトになるんだか、さっぱりでしたからね。真っ青になりました。作成ソフトもないし、本もないし。悪戦苦闘の結果、どうにか立ち上げましたが、いまだにフレームなんて高度な技には手が出せません。

 ――うちもフレームは使ってません。いいじゃないですか、シンプル・イズ・ベストですよ。

ポピンズ まあ、それで、メルマガによる小説の発表という所期の目的は果たせました。小説書き優先でサイトは二の次……あ、今もそうかも(笑)。
 バックナンバーを上げるようになってから、やっぱり気になりはじめたんですよ。なんとテキストセンタリングで載せてましたので、もう見づらいったらしょうがなくて(笑)。

 ――反応はどうでした?

ポピンズ 宣伝もしてなかったし、どうせ見にくる人なんていないだろうと思っていましたが、1日10人から20人ほど訪問してくださって、驚くやらうれしいやらで、毎日わくわくしてました。

 ――作品に対する反応はいかがでした?

ポピンズ うーん……。最初の頃はそんなになかったんですが、たまにメルマガ経由で「すごくおもしろい」とかメールいただいたりしました。ありがたいことです。

 ――とかなんとかおっしゃいますけど、なかなかいいサイトじゃありませんか。デザインもおしゃれだし、小説以外のコンテンツも充実してるし。BBSの盛況ぶりを見ていると、かなり訪問者も多いんじゃないんですか?

ポピンズ そう言っていただけると……、ありがとうございます。
 始めて3か月くらいで大手検索サイトに登録したら、それまで1日30人前後まで伸びていたお客さんが、一気に80人前後になりました。

 ――ほお。

ポピンズ そのころ、件(くだん)のテキストセンタリングに対して、どうしてこうなってるのって声が出はじめたんです。やっぱりー、という訳で、何とかしたいと思ったんですが、タグを解説した本も手に入らないし、どうすればいいのか、まったくわからなかったんですよ。
 困って掲示板に書いたら、来訪者のかたのなかから、ごていねいに掲示板カキコでご指導してくださるかたが現れて……。

 ――相互扶助こそネットのありがたさですよね。

ポピンズ 見ず知らずのかたが、ここまでしてくださるのかと、ほんとうに感激しました。今の「ロマンス工房」(編集部註:ミルキー・ポピンズさんのサイト名)は、そのかたのご指導の賜物です。今でもいろいろとお世話になっていますし。

 ――ええ話や。ところで、コンテンツごとの違いなどありますか?

ポピンズ まだコンテンツをあれこれ考えるほど、余裕はありません。反応のあるコンテンツは、主にロマンスノベルだけですが。あとたまに、ブックレビューにもあるかな、そう言えば。読んでみます、なんておっしゃられると、責任感じたりして(笑)。
 でも、「ノベルの更新チェックは毎日してます」みたいなメッセージをいただいたときはびっくりしちゃいましたね。え、うそでしょ、みたいな。

 ――そりゃチェックもしたくなりますよ。頻繁に上げてらっしゃいますもんね。あれだけのものが読めるとあれば、ロマンス小説のファンにはこたえられないんじゃないかなあ。具体的にはどんな反応がありますか。

ポピンズ 読者さまから今までにメールを数十通かはいただいてます。何度もメールやカキコをいただくうちに、すっかりお友だちになったかたもいらっしゃいますし。

 ――またまたええ話や。そんな訪問者のかたがたのどんなことばに勇気づけられますか。

ポピンズ 「お話を読んで、日常生活の疲れが洗われます」みたいなメッセージをいただいたときです。ロマンスって女性の夢だと思っていますから。


〈その2〉 読めないんだったら、自分で書く

 ――ずっと小説を書いてらしたんですか。

ポピンズ 中学、高校時代に、文芸クラブなんかに入って、乙女チックな詩やら、未完結のファンタジーもどきを書いてましたけど、そんなの創作歴には入りませんよね。

 ――立派に入りますよ。今につながってるわけですから。

ポピンズ でも、本当に長いブランクがあるんですよ。大学時代に関心が違う分野に移って、あとバイトなどが忙しくなり、なおかつその大学のペンクラブの同人誌を見て、これはレベルが違いすぎる、と書くのを完全にやめてしまいました。それっきり、ずっと読み専門で。

 ――え? じゃあ、いつから創作を再開したんですか。

ポピンズ 去年(編集部註:2002年)のクリスマスですよ。だから『子爵の恋人』の第一章もクリスマスでしょ。突然思い立ちまして。

 ――思い立ってって……。どうしてまた?

ポピンズ きっかけは、去年のイブの夜半に、近所の教会から讃美歌が聞こえたことでした。そこからイメージが沸いてきて。
 まあ、それを書き続けたのは、子育てが一段落して時間的に余裕ができたうえに、好きなロマンス小説をどうしても読みたい! という気持が強くなっていたからですね。この両方が揃わないと、とても創作なんてできませんもの。
 そのいきさつを話すと長くなりますから、もし、お時間と興味がありましたら、当サイトにお越しくだされば、と思います。韓国の日本文芸書事情なども書いておりますので。

 ――つまり、韓国では日本語版のロマンス小説が手に入りにくいから、自分で書くほかはないという結論に達した、と。

ポピンズ はあ、そういうことです。ですから外国に来なかったら、一生書かなかったかもしれませんね。あ、やっぱりそうでもないかな? 子供のころからの夢のひとつに、小説家は入っていたような気がします。

 ――創作活動がもたらすものって何でしょう?

ポピンズ まだ書き始めて1年ですが、心の張りみたいなものができました。それに、インナートリップする楽しみとでも申しましょうか……。毎日同じことの繰り返しの平凡な日常から、わくわくするような夢の世界に連れていってくれます。

 ――読者からの「お話を読んで、日常生活の疲れが洗われます」というメッセージがうれしいとおっしゃってましたが、書き手の満足がそのまま読み手の満足につながるなんて理想的ですね。

ポピンズ 多少なりとも、そういう作品が書けているのでしたら、がんばって書いてきてよかったと思いますよ。正直言って、メルマガ連載に色々と用事が重なると、「キツイな」とぼやく時もありますから。それでもなぜか、できちゃうから不思議ですけど。あとは、やっぱりいつか、公募できるような文芸作品が書けたらうれしいですね。


恐怖の見切り発車体験

 ――現在、ご自身のサイトに上げてらっしゃるのは、ヒストリカルの『子爵の恋人』本編とその番外編、そして現代モノの『明日にかかる虹』ですね。両作品とも長篇小説ですが、どんなときに着想を得ますか。

ポピンズ そのときどきですよ。食器を洗っている最中に、ふと思いつくこともありますし、何も浮かばないなあ、どうしよう? と思いながらワードに向かったとたん、指先から文章があふれてきて驚くこともあります。なんだ、案ずるより生むが易しね、みたいな。

 ――それはテーマですか、それともストーリーですか。

ポピンズ ストーリーの方かな。というより、もっとダイレクトに小説本文のセンテンスです。それにテーマをひねるほどの作品、まだ書いていないと思いますから。

 ――アイディアは書き留めるほうですか。

ポピンズ 家事の最中にっていうときは、とりあえず忘れないように、メモに走り書きしておきます。だいたい2行から5行くらいで、ワンシーンの情景やセリフです。
 このメモが曲者で、紙ごみにしか見えなかったりするのでパパに捨てられて泣いたこともありました。

 ――そういうことを経ながら、構成が固まっていくんですね?

ポピンズ うーん……。構成は固めたほうがいいに決まってるんですけど、『子爵の恋人』の場合、まったく行き当たりばったりに書き出しましたね。海のものとも山のものともわからない状態で。

 ――おいおい、またかよって感じです。この「著者に訊け」に、これまでご登場願ったかたの大半が構成は固めないというスタイルなんですよ。不安はありませんか?

ポピンズ 最初はわたしが読むためだけに書いたものでしたから、それでよかったんです。でも、メルマガで発表しようと思った時点では、かなり構成が固まってきていましたので、書きやすかったですね。

 ――なるほど。やっぱり構成は固める、と。

ポピンズ 構成といえば、以前読んだ、サンドラ・ブラウンの小説『憎しみの孤島から』(新潮文庫)が、構成が驚くほどこっていて、作者の鮮やかな手並みに本当に感心しました。これ、ヒーローが小説家で、ヒロインが編集者なんです。で、その作品中で、ヒーローが一生懸命プロットを考えるシーンや、ヒロインの発した「プロットを練るのよ!」という一言を見て、ああ、一流の作家達は、こんなにも心身を削って考え抜いているんだなと、実感したわけです。
 で、しからばと、真似をして、チャートなど作ってみたんですけど、結局、あまり役に立たなかったですね(笑)。話がどんどん変化しますし、もっとおもしろいアイデアが浮かんだときは、それまでの構成はあっさり捨てちゃいますから。見切り発車してえらいめにあうタイプです。

 ――見切り発車とおっしゃいますと?

ポピンズ サイトで連載を終えたばかりの『明日にかかる虹』という作品でやってしまったんです、この見切り発車を。最初は軽く書くつもりだったのに、設定を非常にややこしくしてしまい、おまけに構成を最後まで考えずに、載せはじめてしまった。
 とんでもない失敗でした。おかげでもう途中で投げ出したくなるくらい、たいへんなことになってしまって。どうにか収拾はつきましたが、こんなにも頭を絞るはめになろうとは、思いませんでしたね。

 ――登場人物の造形についてはいかがですか。

ポピンズ うう……。

 ――ううって、どうしたんですか。

ポピンズ これも、はじめにイメージありき。性格や癖などは行き当たりばったりです。性格はおおまかに考えておきますが、書いているうちに加わってくるような面もありますし。
 改めて考えてみますと、我ながらつくづく危ない書き方してますね。この点を今後は、何とかしないといけないようです。


〈その3〉 すべての小説はロマンス小説である?

 ――では、『子爵の恋人』の話を聞かせてください。創作にいたるいきさつや苦労話はミルキー・ポピンズさんのサイトにある「Milky Popinz@Story」にくわしく書かれているので割愛させていただきます。ここでは、もう少し突っ込んだことをうかがいます。
 『子爵の恋人』は、自分で読むために書いたとおっしゃいましたが、いま振り返ってみて、出来はどうでしたか。

ポピンズ  我ながら、おもしろくなかったですよね。まあ、初めて「小説」なるものを書き出したばかりでしたから、構成の仕方なども、ぜんっぜん! わからなかったですし。

 ――具体的には?

ポピンズ  まず舞台が全く動いてなくて、ずっとキングスリー家の丘だけ。ローズが悩んで、子爵がそれを説得してっていうだけで最後まで行ってしまいました。登場人物もずっと少なくて、起承転結もはっきりしてなかったですよ。ラブシーンも派手なのはなかったし、あとから考えると、どこがおもしろいんだこれ、って感じの代物でした。

 ――もともと中篇小説だったわけですが、長篇化のコツなどありますか。

ポピンズ  コツと言われましても、自分でも、こんな長篇になるとは思わなかったですからね(笑)。
 でも、そう言えば、何回も繰り返し見直すって大切かもしれない。一読者になって作品を読み直してるうちに、「ここはもっとこうしたら」というのが見えてくるようです。それから強いて言えば、登場人物のうち、後々使うかもしれないというような人物には、いくつか可能性を残しておいて、話がどう展開しても、誰かは使えるようにしておくとかの配慮はしましたけど。

 ――鋭い! 処女作でよくそこまで考えられましたね。長篇って、勢いで書きはじめたのはいいけれど、あとはだらだらというパターンが多いですよね。『子爵の恋人』は、主要な登場人物が2人だけなんですけど、最後まで緊張感がありました。どうすればあんなことができるんですか。

ポピンズ  ジャンル意識を持ち続けることができたせいかもしれません。

 ――ジャンル意識?

ポピンズ  ロマンス小説って、このふたりどうなるんだろうか、という思いでとにかく最後まで読んでしまうでしょう? だから、最後のほうまで、ふたりがいったいどうなるのか、はらはら、どきどきしながら読める書き方をしたつもりです。

 ――小説の神髄ですね。以前、わたしがお世話させていただいていたミステリー作家が同じようなことをおっしゃいました。「すべての小説はミステリーである」と。次はどうなるんだろ? という興味と好奇心をそそらなければ読者は読んでくれないという意味合いですが、小説の本質をずばりとついていたので印象に残っています。ミルキー・ポピンズさんに言わせるなら「すべての小説はロマンスである」ということでしょうか。

ポピンズ  それはいくらなんでも……言い過ぎ。

 ――まあ、いいじゃないですか。ところで、サイトにもお書きになってましたが、時代考証がたいへんだったようですね。

ポピンズ  ほかのみなさんのことはよく知らないので、どの程度のたいへんさかはわかりませんが、わたしなりに努力はしました。イメージが現実にマッチしたレベルで確固としてつかめるまでは、あれこれ調べまくって。資料は主にインターネットのサイトですね。次に、物語当時に書かれた作品。そして物語当時を舞台にした現代の作品の順です。

 ――そこまで調べたら、登場人物も動かしやすいでしょう。

ポピンズ  ええ。動かすというより、動きましたね。

 ――動きましたか。ほんとに処女作なんですか?

ポピンズ  ほんとに処女作です(笑)。十七章を書こうとパソコンに向かったとたん、ローズマリーが動き出しました。パソコンの電源を入れる直前まで、二度目の再会シーンは、エルマー夫人が、元気のないローズを見かねて観劇に連れ出し、劇場でばったり子爵に会う……くらいにしておこうと思っていたんです。それがとんでもないことになりまして。いちばん驚いたのは、わたしでした。

 ――時代考証などで、外堀を完全に埋めたからでしょうね。作者が乗せられるほどリアリティがあれば、読者はいちころですよ。

ポピンズ  そういうものですか? あ、でも、その小説を読んでいて、読者が違和感なく、物語の中に入り込んでしまえるだけの現実感って大事だと思います。読んでいて、これはちょっと、と我に返ってしまうようなのはいただけない気がします。

 ――リアリティを出すために必要なものは何でしょう?

ポピンズ  しっかりと現実を調査、把握したうえでの記述かな。まあ、作品の舞台が日本だったら、自分も読者も知ってますから、そこまでやる必要はないでしょうが、海外が舞台の場合は、資料収集をみっちりやるしかない。情景や舞台背景などで信憑性のある一行を書くためには、その十倍調べよって感じでした。頭だけで考えてても、薄っぺらな世界にしかなりませんよね。

 ――至言です。さて、『子爵の恋人』の番外編を書いていらっしゃいますが、続編とかスピンオフとかの計画はありますか。

ポピンズ  後もう一つだけ、番外編を書き始めました。スピン・オフであるレディ・アンナとカークの話が、本編中の空白部分を埋めるエピソードとして入りましたので、そこへ続けて当時の子爵を、彼の側から見た過去の追想を入れて、書いてみたいと思います。これを書くかどうかも考えましたが、「読みたい」と言ってくださる読者様がおられましたので、挑戦する気になったんです(笑)。
『子爵の恋人』の、主人公二人の恋の障害は、まさに「十九世紀当時の身分制度」ですが、それがもっと内的に、心の中でも壁になっていたわけです。そして、そんなヒロインの心の壁を砕くのが、まさに本編の主題(そんな大そうなもの?)でしたが、じゃあ、ヒーロー・子爵の中には、この壁がなかったかというと、当然あったわけですよ。それを彼自身が越えた過程を書いてみよう、というのがこの最後の番外『テムズ河畔にて』です。
 そして、この番外が終ったときに、もう一度物語は最初から始まる……。題して「メビウスの輪」構成でお届けしようかと考えたり。
 小説を書くって本当に楽しいですね。もっと早く書いていればよかったと思います。


〈その4〉 究極の日本語の美、とは

 ――興味のあるかたはミルキー・ポピンズさんのサイトを訪ねてみてください。ところで、ソウルに住まいながら日本語のサイトを運営してらっしゃいますが、日本語環境にかんしては、いったいどうしてるんですか?

ポピンズ  3年ほど前、バイトで翻訳の仕事をすることになったとき、その会社で使ってなかった旧式パソコンを安くで譲ってもらいました。これに日本語版のウインドウズ95が入っていたんです。
 これ壊したら、後は韓国語版しかなくなるので、必死に守ってます。外国語版はエンコードの問題があるので、文字化けして本当にやっかいなんですよ。絶対使いたくないって思ってしまうくらいです。
 里帰りしたとき、日本語XPのCDを買いたかったんですが、子供のために、買いに行きそびれて、まだそのまま。

 ――深刻ですね。

ポピンズ  深刻といえば、原因不明――主人が怪しいと睨んでいるのですが(笑)――、あるとき、電源を入れたらウイルス対策ソフトが壊れてて、あれーっ? と思ったら、保存しておいたワード・ドキュメントは開かない。メールは出ない。どうなってるんだ? と思っていたらダウンしてしまって、今度はスキャンがかかりっぱなし状態になったことが。

 ――うわ。

ポピンズ  ハードディスクが壊れるほどの深刻なものではなかったのが、救いでした。これで『子爵の恋人』の元原稿がおしゃかになり、まだメルマガ連載が六章だったので、どれだけ泣いたことか……。

 ――すみません。いやなことを思い出させてしまったようで。話を変えましょう。
  執筆の際、心がけていることはありますか。

ポピンズ  日本語をきちんと書くこと。読み返して顔をしかめるような文は書かないこと。基礎の基礎ですけど。

 ――基礎でありながら、終わりのない課題ですよね。

ポピンズ  他人様(ひとさま)に公開するようになって、お読みいただいても恥ずかしくないものを書かねば、という意識が強まり、本気でチェックを入れるようになったのは確かです。私の場合、草稿では、記述がかなりくどいですから、それをいかに削ぎ落とすか、推敲にはかなり時間がかかります。それでもまだくどかったりして……(笑)。
 日本語をきちんと書くというのは、そういうのも含めて。

 ――やはり、他人のオンライン小説も、そういう目でご覧になりますか。

ポピンズ  うーん、そうかも。最初のページで、やっぱりまず使ってみえる日本語に注目しちゃいます。あまりにも……なのはちょっと。日常会話の中で使うような話しことばが、そのまま会話文にきてるのも、内容に惹きつけられなければ、続けて読まないような。あとはストーリー構成でしょうね。同じような調子でずっと書かれてるのも、中途リタイアすることが多いです。

 ――1年前までは読み専門だったとおっしゃるだけあって、見るとこ見てますね。ミルキー・ポピンズさんのかっちりした文章は、やはり読書から培われたものなんですか。

ポピンズ  多分そうじゃないかな。固めの文だと思いますが、そんなにかっちりしてますか?

 ――してますよ。なんといっても、まとまった量のパラグラフが書ける人は、総じてうまい。

ポピンズ  自分ではよくわからないですが。あ、でもきれいな言葉に対する“勘”みたいなものなら、少しあるかもしれません。

 ――影響を受けた作家はいますか。

ポピンズ  今まで繰り返し読んだ作家からは、みんなそれなりに影響を受けていると思いますね。

 ――文章の極意というか、目標というか、そういうものがあれば教えてください。

ポピンズ  日本語って、本当に美しい言葉だと思っています。その美しさをフルに引き出せるような文。うまく言えないですが。本当に美しい文章に出会った時は、心から感動しますから。究極の日本語の美って、松尾芭蕉の俳句の世界、かもしれない。

 ――そう来ましたか。これまでのインタビューで、芭蕉の名が出たのは初めてです。
 では最後に、オンライン文芸の現状をどう見ていらっしゃいますか?

ポピンズ  今は書いたものを自由に発表できる、すばらしい時代ですよね。言論出版の自由が、これほど享受されてる時代はかつてなかったと思います。それに作家と読者の壁がなくなり、感動したら即メールや掲示板に伝えられるのもいいですね。ただ本当に、どんなものでも発表できてしまうから、マイナス面も生じると思うので、そのあたりは個々人の良識の問題にまかせられることですが、現実的には難しい面でもあるでしょう。

 ――玉石混淆から新しいものが生まれるという考え方もあれば、悪貨が良貨を駆逐するという悲観論もある。オンライン文芸の将来性にかんしてはいかがでしょう。

ポピンズ  今は電子出版やオンデマンド書籍で、簡単に本を作れてしまうでしょう? ですからこれからは作家になりたかったら、簡単になれるような……。オンライン小説もですが、それだけ大量に出回る小説を選り分けていくのは、結局読者さまです。ネットの底無しの海の中から、いかにお気に入りを拾い上げるか、これが案外難しいものですが。一方でオンライン作家の側は、アピールする自分の個性を大切にしていかなければ、と思います。
 将来、紙の本にとって替わるかどうかは、まだ、わかりませんけど、可能性はあるかもしれませんね。

 ――結局は読者……ですか。重いですね。ずしっときました。これから小説を書いてみようと思っているかたに、実作者としてのメッセージがあればお願いします。

ポピンズ  とにかく書いてみたらいいんじゃないでしょうか。あれこれ考えるまえに、まず書きたいものを書いてみてください。発表する手段はいくらでもあるのですから。

 ――踏み出さないことには前には進めませんからね。最後の最後に、何かひとことありませんか。

ポピンズ  作品のPRでもいいです?

 ――もちろんです。どうぞどうぞ。

ポピンズ  皆さんに楽しんでいただける作品をめざして、書いてきました。たいへんなことの多い日常生活のささやかな潤滑剤になれば、うれしく思います。

 ――本日は、長時間どうもありがとうございました。




ミルキー・ポピンズさんの日本語へのこだわりがひしひしと伝わってきました。日本のお隣とはいえ、外国で暮らしているからこそ見えてくるものがあるのかもしれません。
執筆の障害は何ですか、という質問に、「書けそうなときにしなければならない夕食の支度と、パソコンの横で騒いでママを巻き込もうとする子供」と笑っていらっしゃったのが印象的でした。


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