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第3回
香港ノワールを小説で復活させたい!」
ゲスト/黄 秋生(こう・あきお)さん
著作/『矩形の墓所』


ついに「著者に訊け!」も関東に進出。
と言えば聞こえはいいのですが、予算も人員も限られているため、事前リサーチと電話取材をもとに構成しました。
今回の著者は、通信教室卒業生第一号の黄 秋生さん。現在はご主人のお仕事の都合でさいたま市住まい。結婚と同時に専業主婦へ。それを機に小説を書きはじめたそうです。2年半という執筆歴から得られた創作のコツや姿勢をうかがいます。





〈その1〉 香港映画が大好き

Web Publishing AZUSA(以下、――) 通信担当のKから女性だとは聞いていましたが、ほんとに女のかただったんですね。ペンネームを見るかぎり男とばっかり……。

 大好きな俳優の名前を、まんまいただいちゃったんですよ。

 ――黄 秋生? 中国人ですよね。

 アンソニー・ウォンのほうが通りがいいかもしれません。『八仙飯店之人肉饅頭』とか『エボラ・シンドローム/悪魔の殺人ウィルス』とかに出てる人です。

 ――あ、知ってる。変な役ばっかりやってるおっさんだ。ちょっと関根勤に似た。

 本当は渋い演技派なんですよ。『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』でも敵役だったんですけど、チョウ・ユンファとトニー・レオンのダブルチームを向こう回して互角に勝負してました。といっても卑怯なやつなんですけど。最初は組織のパシリだったんですが、いつの間にかボスになってたりして。うまく貫禄を出してましたねえ。

 ――はあ。

 『ザ・ミッション 非情の掟』でわたしの神様になりました。

 ――いわゆる“香港ノワール”ってやつですか。

 今は昔、だと思っていたんですよ。“香港ノワール”は。すたれちゃってますからね、今。そんなときに公開されたのが『ザ・ミッション』。香港のジャスコでの銃撃戦は映画史に残りますよ、ぜったい。

 ――はあ、ジャスコでね。……とにかく、アンソニー・ウォンさんがかっこよかった、と。

 寄せ集めの用心棒たちのリーダーなんですが、寡黙なんですよ、これが。それでいて気配りが行き届いていて。男の中の男です。かっこいいなんてもんじゃありません。

 ――香港映画ばかり観てるんですか。

 ばっかりってわけじゃないですけど、肉体の躍動感とかは同じ人種のほうがよく伝わりますから、西洋人がやるアクションよりもぐっときますね。

 ――最近は、ハリウッド映画でもワイヤーワークが当たり前になってますよね。それでもやっぱり違いますか。

 『マトリックス』の柔術道場のシーンには期待していたんですよ。クンフーコレオグラファーをユエン・ウーピンがやるって聞いてたから。観てみてがっかり。ワイヤーアクションはいい仕事をしてましたが、役者がダメダメでした。

 ――ラリー・フィッシュバーンとキアヌ・リーブス、ですよね。

 ファイトじゃなくて、ダンスでしたね。

 ――かなり迫力があったような気がしますが……。

 重さが足りませんよ。柱を折ったりとかのビジュアルでごまかしてましたし。役者が捨て身になれるかどうかですよね、ファイトシーンは。

 ――はあ。


書く快感を超えて

 ――小説を書くうえで、映画から得られるものもあるんでしょうね。

 ビジュアル面からは、あんまりないですね。映像の情報量にはかないませんから。ただ、ストーリーやキャラクターは参考になります。それと、人物の出し入れでしょうか。映画に比べて小説のほうが有利だなって思うのは、文章で説明できる点だと思います。

 ――具体的にお願いします。

 そうですねえ……。主婦Aの家族構成を説明するとしましょうか。子供は2人、旦那は中間管理職でリストラの危機、実家の母親がつい最近、白内障の手術をした……ということを述べるのは簡単ですよね、文章なら。映画でそれを説明するためには、映像かセリフしか方法はないんですよ。それも、一気に出せば観客が混乱しますから、徐々に説明していかなくちゃいけませんよね。

 ――文章で説明するというのも、テクニックが必要でしょう? 説明の部分でストーリーが停滞するおそれがありますもんね。

 
 そこなんですよ。ついつい余計なこと書いちゃう。文章に対する縛りがゆるくなるというか、知らないうちにだらだらと続けちゃうんですよね。

 ――知らないうちにっていうのはまずいんじゃないですか。

 よく指摘されました。文章を意識的に書いているか、無意識に書いてはいませんかって。

 ――自動書記じゃないんだから無意識では書けませんよね。通信教室が言ってることはわかります。無意識というより、無造作というほうが適切かもしれない。

 
 それも言われました。最初、どういうことかわからなかったんですよ。書いてて気持よければいいんじゃないかと考えていたものですから。何度もメールを送って、いろいろ教えてもらううちに、なんとなくわかってきました。わたしの場合、書くという行為が快感であって、うまく書けるかどうかは二の次だったんです。すっかり混同しちゃってたんですよ。でも、書いてて気持よければ、それでいいかもとも思いました。プロ作家になりたいわけじゃないし、小説は単なる趣味だから。そう割り切ろうとしたんですけど……。

 ――しかし、知ってしまった。

 そうなんですよ。書いてるだけでも気持いいのに、うまく書けるようになればもっと気持いいんじゃないかって。

 ――で、どうでした。

 こんなにつらいものとは思いませんでした。

 ――のっけの香港映画トークに一時はどうなるかと思いましたが、いよいよおもしろい話が聞けそうです。


〈その2〉 トリビアリズムで苦しんで

 ――そもそも小説を書きはじめたきっかけは何だったんですか。

 結婚して、家庭に入ってからです。お菓子づくりとかベランダガーデニングとかいろいろやってみたんですが、もうひとつのめり込めなかったんですよ。旦那のパソコンをさわってるほうが楽しくて、いろんなホームページを見て回りました。そこでネット小説というものを知りました。一時は読み耽りましたよ。読書は大好きでしたから、「これで本代が浮く」なんてうれしくなっちゃったりして。

 ――ものすごい数ですからねえ、オンライン小説サイトって。

 読んでいくうちに、わたしだって書けるんじゃないかなと思いはじめたんです。自由に作品を発表している人たちに刺激を受けたというか……。それからです。小説のようなものを書きはじめたのは。

 ――出来はどうでしたか。

 思い出すのも恥ずかしいですよ。ほんとに“のようなもの”なんだから。ミステリーやホラーが好きだったから、傾向としてはそちら方面でしょうかね。

 ――いきなりミステリーやホラーは難しかったんじゃないですか。

 おまけに短篇でしょ。とりとめのないものばっかり。長いものばかり読んできたから、最初は短篇の書き方すらわからなかったんですよ。でも、しばらく書いているとなんとなくわかってくるんですよね、見よう見まねですけど。ワンアイディアで突っ走れば何とかなるかな、とは思うんです。

 ――ストーリーはそれでもいいでしょうけれど、リアリティにかんしてはどうしてます?

 ふだんの生活や、過去に経験したことのある環境を背景に置くようにしています。規模の大きな話は書けませんが、今はそれでいいですね。

 ――登場人物のリアリティというものもありますよね。今回の『矩形の墓所』は中年サラリーマンが主人公でしたが、違和感はまったくありませんでした。納得のいくキャラクターでしたよ。

 OL経験が役に立ったんじゃないでしょうか。会社のおじさんたちのことを思い出しましたよ、必死で。それと、旦那にしつこく取材しました。もう三十だから、しっかり中年男だってことで。

 ――なるほど。しかし、実際の経験があるだけに、あれもこれもと詰め込みたくなりませんか。

 最初はそればっかり。癖、体の特徴、ファッションセンス、持ち物や読んでる新聞・雑誌まで細かく書いちゃったくらい。しかし、それをやりだしたら収拾がつかなくなってしまうんですよ。

 ――トリビアリズム、いわゆる瑣末主義におちいったわけですね。

 そこからなかなか抜け出せなくて、どうしようかと思ってるときに通信教室の話を聞いたんですよ。

 ――まだドメインすら持っていないときに受講生が来たというので、狐につままれたようでした。

 担当のKさんの知り合いが、たまたまわたしの知り合いだったものですから。「小説書いてるんだったら、おもしろいところがあるよ」って教えてくれたんですよ。Kさんとはそれからのご縁ですね。

 
 ――なるほど。教室のほうはいかがでしたか。

 今は課題作品の枚数が増えてるようですけど、当時は10枚だったんです。キーワードを消化して作品を書くんですが、10枚なんか、あっというまに使い切ってしまいますよ。何度も何度も書き直して、どうにか枚数内に収めてました。ストーリーを練るよりも、文章を削る作業が大変でした。

 ――瑣末主義のほうはどうなりました?

 そんなものどこかに行っちゃいましたよ。書かないと、読む人がわからないんじゃないかな、と不安でしたが、説明とストーリーを秤にかけると、やっぱりストーリーのほうが大切ですもんね。

OL時代にタッチタイピングをマスターしていた黄さんは、ご主人のお持ち帰り仕事を手伝うこともしばしば。
「時給がむちゃくちゃ高いオペレータに変身しますよ、そんなときは」

構想1日、執筆10日

 ――『矩形の墓所』までの過去2回の課題作品はどんなものでしたか。

 1回めのキーワードは「なごり雪」と「よろこび」。どちらか一つでもいいし、二つを盛り込んでもいいというものでした。両方入れて、ストーカーにつきまとわれるOLの話にしたんですが、これは失敗でした。主人公の一人語りには無理があって、現実か妄想かはっきりしない部分が残りました。それに、ストーカーネタはちょっと古いですよね。

 ――成果は?

 文章のくどさが抜けたことですね。だって10枚でしたから。2回めは、「花見」と「憎しみ」。都内の桜の名所に紛れ込んだテロリストが逮捕されるまでのお話をひねり出して……。これは、成功しました。

 ――短篇でそれをやったんですか。

 警察無線の交信だけで話を進めました。

 ――ほお。

 ネットで調べまくりましたけど、もうひとつわかりませんでした。だから、交信の雰囲気そのものは創作です。成果は、会話の書き方でした。二者なら間延びしがちですが、話者の数を増やすことで、それが避けられることがわかりました。

 ――そして、『矩形の墓所』に至るわけですが、この話は以前から温めてたりしたんですか。

 構想1日、執筆10日、推敲7日です。もし地縛霊というものがあるなら、ということからふくらませました。霊にとりつかれる一家の話を考えていたんですけれど、ありきたりな因縁話になってしまいそうで……。地縛霊というものをトラップみたいなものと考えてみました。誰でも祟られる可能性がある、というふうに。

 ――地雷ですね。

 そうそう。行きずりの犯罪みたいなものかな。いつ、どこで巻き込まれるかもしれないという恐怖。因果関係がないだけに、怖いですよね。

 ――霊の恐怖と現代人を取り巻く脅威を重ね合わせたわけですか。深いなあ。

 今、言われて初めて気づきましたよ。二つの恐怖が混じってたんですねえ。

 ――そんな……人ごとのように、あなた。


〈その3〉 翻訳小説に失望

 ――長篇小説をよく読むとおっしゃってましたけど、どんなものを読んできたんですか。

 翻訳小説ですね。ファンタジーから冒険小説まで。

 ――お好きな作家は?

 これといって……。作家でなくて、作品で選ぶことにしてるんです。作家で選んでいるとろくなことにならないんですよね。当たりはずれもあるし、翻訳者がフィックスしてなかったりするしで、ばらつきがありますから。

 ――多作の作家ほどそうですね。スティーブン・キングも、深町眞理子さんの翻訳がフィックスかと思ってたら、いろんなかたが手がけはじめましたもんね。

 作家との相性ばかりでなく、翻訳者との相性まで考えなくちゃならないから、たいへんですよ。それに、出版社によって翻訳ものって異常に高いでしょ? 足下を見られてるようで、いやな感じ。

 ――言えてますね。カバーデザインもなんだかねえ。

 冒険小説や軍事スリラーなんて、B級映画のビデオパッケージみたい。あんなイラストはいらないから定価を下げろ、と。ペーパーバックみたいに、タイトルと作家名だけでいいんですよ。どかーんと、それだけで。

 ――なるほど、ビデオパッケージね。こんなシーン、本文にあったかよ、という派手なものがありますもんね。

 翻訳ものって、映画にも似てますよね。翻訳があって、邦題があって、ポスターみたいなカバーがつく。いや、ビデオに似てるのかな?

 ――なんか、強引ですね。持っていきようが。

 ビデオパッケージになった段階で、本国ではビデオスルーだったのか劇場公開だったのかの判断はつきませんよね。翻訳小説だってそうじゃないかなと思うんです。最初からペーパーバックで出た読み捨て本か、最初はハードカバーで出版された本かは、文庫になっちゃえばわかりませんからね。石も玉も、同じような顔で売場に並ぶから、まったくわかりません。かといって、作家というブランドもあてにならないし……。オンライン小説を読むようになってからはご無沙汰ですね。


オンライン小説の魅力

 ――オンライン小説といっても膨大だから、探すのがたいへんじゃないですか? 探し方というのがあるんですか。

 リングから入るんですが、大手のものは避けてます。数が多いから目が行き届かないのか、リンク切れが多いんですよ。404とか403とかのエラーが出ると、期待感と時間を盗まれたような気になります。だから、一ジャンルにしぼった小さなリングをメインに訪ねています。

 ――小さなリングとは、具体的にはどの程度の規模ですか。

 まずジャンルですけど――、たとえば、ミステリだけではまだ広すぎるんです。「私立探偵が50年代のサンフランシスコで活躍する」ジャンルとでも言いますか……。

 ――そこまで細かくいきますか?

 たとえばの話ですが、だいたいこんな感じでしょう。参加しているサイトは20以下がわたしの基準です。

 ――参加サイトが少ないぶん、空振りだったらつらいでしょう?

 空振りということはまずありませんが、イマイチというときはありますね。でも、ご安心。参加サイトのリンクにお宝サイトがはってある確率はひじょうに高いんですよ。

 ――なるほど。インターネットならではですね。ところで、オンライン小説の魅力とは何ですか? 読者の立場から。

 既成作家のエピゴーネンは無数にありますが、オリジナリティたっぷりの作品もまた無数にあります。オリジナリティがあって、さらに、書かずにはいられないという気持が伝わってくれば、わたし的にはOKですね。文章がぎくしゃくしてても全然気になりません。勢いっていうんですかねえ。楽しみだけじゃなくて、元気までもらえますね。自分のサイトだから、気負いがないんでしょうね。自然体でのびのび書けるというのは、ネットだからできることだと思います。

 ――黄さんは、ご自身のサイトを作らないんですか。

 今すぐにでも作りたいですよ。でも、コンテンツがなんにもないんじゃね。他人様(ひとさま)にお見せできる作品は、かろうじて一本だけですから、もう少し作品数を増やしてからと思ってます。

 ――小説だけではなくて、映画や本のレビューからコンテンツをぼちぼち増やしてゆけばいいんじゃないですか。

 それ、いいかもしれない。


〈その4〉 瞬発力の誘惑

 ――けっこう映画を観てるようですが、レビューなど書いてたりします?

 書いてみたことはあるんですが、ただの感想文になってしまっていやになりました。
 
 ――レビューはむずかしいですよね。芸が必要だし。

 うまい人は、レビューで自分を表現してますね。あれ、うらやましいなあ。わたしなんかが気がつかないところに突っ込んだりして。……虚を衝かれる快感っていうか。斜(はす)に構えているんだけれども、映画が好きで好きでたまらないというのが伝わります。直球という決め球を持っているくせに、カーブやフォークを繰り出すことに生き甲斐を感じているような、そんな書き手のレビューが好きですね。

 ――そこまで分析できてるんだったら、書いてみればいいじゃないですか。

 観た映画のことを書くよりも、観たことのない映画のことを書きたいんですよ、今は。

 ――?

 観たことのない映画っていうより、観たい映画かな? こんな映画があったらなあ、というのを小説にしたいんです。

 ――なるほど。エンタテインメント小説を書いている人の多くは、そんな動機から入ると思います。映画に較べて安上がりですし。

 そう! 役者も機材もいらないし、すぐに書けそうな気がしますよね。頭のなかにあるイメージを文字にしていけばいいんですから。でも、「書けそう」と「書ける」は大違い。イメージは瞬発力ですけど、執筆は持久力なんですよね。力の使い方がぜんぜん違います。やってみて、よーくわかりました。

 ――持久力といっても、ただ長く書ければそれでよし、というわけじゃありませんもんね。

 ストーリーはだれるわ、同じような文章を書いてしまうわで、自分にがっかりしちゃいますよ。

 ――それで、今はどうですか。書けそうですか?

 なんとか。以前は、イメージがぽかっと浮かんだら、勢いだけでキーを打ってたんですよ。書ける人はそれでいいんでしょうけど、わたしには無理だということがわかりました。プロットをじっくり練ることにしてますね。瞬発力の誘惑をぐっとおさえつけて、遠いゴールを見るようにしています。

 ――フラストレーションが溜まるでしょうに。


おいしいものは最後に食べる

 プロットを練って、シノプシスに煮詰めてゆくと、ほんとうに書きたいシーンが見えてきます。最初に浮かんだイメージとはまったく違っていたりして、自分でも驚くくらい。そして、書きはじめます。もちろん、最初から飛ばしません。すべては、書きたいシーンのための助走ですね。

 ――シノプシスには忠実なほうですか? 以前、陶広志さん(「著者に訊け!」第1回目ゲスト)にお話をうかがったとき、シノプシスはアバウトな設計図だみたいなことをおっしゃってました。ぜんぜん違う話になるときもある、と。

 細部の変更はありますが、大筋では変わりません。わりと忠実だと思います。陶さんみたいに長年書いてきたわけじゃありませんから、やっぱりトラックのラインは守りたいです。というか、ラインがないと走れない。ゴールだってわからなくなりそうだから。

 ――長距離走者というよりも、猟犬みたいなもんですね。犬にたとえて失礼ですが。

 そんなにストイックでかっこいいもんじゃありませんよ。子供が、食べたいお菓子をずっと取っておくようなものです。

 ――好物は最後に食べるほうでしょ?

 そう。待っててねえ、もうすぐ書くからねえ、とか思いながら、キーを叩いています。少しずつ、少しずつ、目的に近づいてゆくのが、快感に思えはじめました。齢のせいかな?

 ――なにをおっしゃいますやら。それで、具体的にはどのような小説を考えてるんですか。

 ふふ。内緒――と言いたいところなんですが、ずばり、香港ノワールの世界です。

 ――はあ。ハードボイルドとは違うんですよ、ね。

 男同士の厚い友情。スタイリッシュ。都会。夜。裏切り。男気。復讐。硝煙。そんなエッセンスを詰め込みたいですね。

 ――舞台は香港ですか、やっぱり。

 東京です。

 ――え? だって香港ノワールなんでしょ?

 スピリッツの問題です。場所はどこだっていいんですよ、魔都の魅力をもった都会なら。

 ――うーん。なんか、それってVシネマっぽい気がするんですが……。


〈その5〉 講評に教えられたこと

 ――さて、最初のほうでもご紹介したとおり、黄さんは通信教室第一号の生徒さんなんですが、受講してみていかがでしたか。注文とか苦情とか、遠慮なくおっしゃってください。

 印象的だったのは、講評の量ですね。1回につき、原稿用紙10枚ぶんくらいはあったかな。最初、その量に驚くのと同時に、へこみかけましたよ。まずい箇所がこんなにあったのかって。担当はKさんご本人でした。

 ――彼女ならやりかねませんね。とある作家養成塾でずっと通信添削を担当していたんですが、当時からそうだったらしいですよ。ご心配をおかけしました。

 とんでもない。へこみかけたのは分量を見たときだけ。講評を読んでゆくうちにやる気がわいてきました。

 ――頭に来て?

 そうじゃなくって、すごく熱心に読んでもらえてるのがわかって、うれしかったんです。

 ――あたりまえじゃないですか。いやしくも講評をしようという人間ですからね。

 先入観があったんです。誤字脱字の指摘や疑問点を列挙するだけじゃないのかなって。それだけでもじゅうぶんありがたいとは思ってたんです。でも、違ってました。無駄な箇所や書き込む箇所の指摘と、その理由がびっしり。わたしが何げなく書いていた描写が、伏線として使えるっていうアドバイスにはびっくりしました。一瞬、自分は天才じゃないかって思いましたね。あつかましい話ですが。

 ――なるほど、としかわたしには言えませんけれど。

 そのような講評を通じて、物語を見渡すことの大切さを知りました。

 ――ふつう、全体像を頭に入れたうえで書きませんか。とくに黄さんはプロットを練りに練るほうですよね?

 それは最近になってからです。以前は、物語にどっぷりと浸かって書いてました。ときどき全体像を見るようにしていたんですが、パートパートを見るだけで、面というか、連続した巻物としては見ていなかったんじゃないかと思います。それじゃあ伏線の張りようがありませんよね。トーンだってぶつぶつ切れるし……。

 ――粘りが出ませんよね。これでもかって畳みかけるべきときに踏ん張りがきかなくなるでしょう?

 そう。ストーリーのエネルギーが足りないから、ついついことばで処理しちゃうんです。

 ――ははあ、ドツボにはまる典型的なパターンですな。

 ドツボ? なんですか、それ。

 ――あ、いやいや。関西の方言で、万事休すというような意味です。

 ドツボ……?


教室を利用して作品数アップ

 ――では逆に、ストーリーにじゅうぶんなエネルギーがあったらどうなりますか。

 ことばをひねり出す苦労が、かなり減りますね。ストーリーのスピードをそがないように、ことばを選ぶだけです。なーんて偉そうなこと言ってますけど、そんな状態になったのは、いまのところ卒業作品の『矩形の墓所』だけですけどね。

 ――通信教室では1回めと2回めの課題にキーワードがあって、3回めは自由課題になります。お題の有無による違いというのはありますか。

 発想のきっかけになるという点で、お題には助けられました。枚数や締切などの制約があるなかで、勝手にどうぞといわれても焦っちゃうんですよ。ネタがたくさんある人ならともかく、ネタもキャリアもないわたしには、お題は不可欠。でないと、昔書いた小説を水増しして出してたかもしれません。

 ――それでもいいらしいですよ。もし、キーワードにぴたりとくる内容なら。と、Kが言ってました。

 それはやりたくないなあ。不毛だし。

 ――そうですか?

  
 せっかく作品を増やすチャンスなのに、旧作を出してたらストックがぜんぜん増えませんよ。で、教室で学んだことを念頭において、あとで旧作を書き直せば、無駄がないでしょ?

 ――さすが“すてきな奥さん”! いや、“暮しの手帖”!

 “たしかな目”も忘れないでください。

 ――しかし、第3回めは自由課題でしょ? お題がなくてとまどいませんでしたか。

 3回めがスタートするまで4か月ありますから、前の2回をこなしながらも構想くらいは練れます。

 ――でも、さっき『矩形の墓所』は構想1日と言いませんでしたか?

 シノプシスを固めたのは1日。プロットの断片はずっとあったんですよ。

 ――じゃあ、構想4か月、執筆10日じゃないですか。ところで、その“香港ノワール小説”ですが、もう構想段階に入ってるんですか?

 構想が終わって、シノプシスを書いているところです。長篇なんて初めてなので、わくわくする反面、書き上げることができるのかどうか不安もあります。また相談に乗っていただけますか。

 ――もちろんです。できるかぎりのことはいたします。本日は、長時間にわたってどうもありがとうございました。“香港ノワール小説”を楽しみにしています。あ、それからホームページのほうもお忘れなく。

黄 秋生さんの三種の神器
『男たちの挽歌(原題:英雄本色 A Better Tomorrow)※これにはアンソニー・ウォンは出ていません』、
『ザ・ミッション 非情の掟(原題:鎗火 The Mission)』のDVDとリアドロ社の磁器猫


「著者に訊け!」初の女性作家に登場いただきました。創作にたずさわる者にとって傾聴に値するお話が伺えました。
“香港ノワール小説”というのがいまひとつよくわかりませんが、なんだかすごいものになりそうな気がします。黄さんお薦めの映画を観て、予習しておくことにしましょうか。

さて、次回のゲストは『みずうみ』の著者、添田健一さんです。お楽しみに。


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