「著者に訊け!」トップへ


第1回
「一冊の本との出会いで長篇3本。ごっつぁんです」

ゲスト/陶 広志(すえ・ひろし)さん
著作/『まぼろしの城』 『菩薩の宴』 『弔いの橋は闇に佇む』


陶さんの自宅マンションがあるのは、大阪府吹田市の千里ニュータウン。この町は吹田市と豊中市にまたがる千里丘陵につくられた大規模住宅地だ。

今年、まちびらきから42周年を迎えると聞き、老朽化した集合住宅を連想した。だが、行ってみると大違い。平成3年から始められたリニューアルにより、町は生まれ変わりつつあった。





〈その1〉 心理サスペンスからハードロマンに化けた1作め

Web Publishing AZUSA(以下、――)千里ニュータウンに来るのは十数年ぶりなんですが、えらい変わりようですね。ここには昔からお住まいなんですか。

 結婚を機に、公団の賃貸住宅に入居しました。今年で15年になります。当時は町全体の老朽化が進んでいたんですが、建物の6割以上が公的賃貸住宅だもんですから、建て替えが進まなかったようですね。

 ――『まぼろしの城』は、当時の千里ニュータウンがモデルだったりして。

 当たらずとも遠からずってとこかな。城岩市(梓註:作品の舞台)よりもロケーション的には開けていますが、不便さは相当なもんでね、コンビニがない町として有名だったの、知ってます?

 ――やっぱり邪宗門の陰謀ですか。

 スペースがなかったんですよ。コンビニを建てるほどの隙間もなかったんです。こんな町、早晩廃れるなと思っていたとき、ストーリーがひらめきました。

 ――なるほど。舞台の城岩台団地ですね。やっぱりモデルにしたんじゃないですか。

 滅びゆく町、というモチーフだけね。ただ滅んでもおもしろくないので、再生のチャンスを与えることにしました。しかし、そのチャンスは邪悪な団体によってもたらされるという皮肉さ。

 ――踏んだり蹴ったりですね。ところで、その邪悪な団体がどんなものかは、最初から頭にあったんですか。

 まったくありませんでした。ひなびた団地に移り住んでくるような団体に邪悪さをもたせよう思っても、なかなかねえ……。団体の目的がコミューンづくりっていうのは、すぐに考えついたんですけど。

 ――コミューンだったら、宗教団体しか考えられないじゃないですか。

 宗教団体なんて、頭だけで考え出したものは安っぽくなってしまうんですよ。リアルさがないと茶番ですからね。

 ――リアルさというのは、創作上のことですよね? 事実は小説より奇なりとは、よく言われることですが、オウム真理教のような過激な団体は現実だからこそありえたわけですか。

 あんな団体を小説に出したとたん、「そんなアホな」と読者は逃げてしまうんじゃないかな。小説的にはリアルじゃないと思います。小説的なリアルさを出すためには、ある程度、歴史の裏付けが必要です。どこまでが史実で、どこからが創作なのか、そのあたりの誤魔化し方でリアルさは出せると思います。

 ――誤魔化し方、というよりテクニックですね。

 で、いろいろ宗教関係の資料を漁ったんですが、これがなかなか。伝統宗教はもちろん、新宗教、新新宗教をモデルにするわけにはいきません。また、完全に途絶えた宗派は、記録そのものが残っていないことも多くて、暗礁に乗りあげてしまいました。当時、インターネットがあったらどれほど助かったか。

 ――もう新しい宗派を作るほかありませんね。陶教祖ってのもいいかもしれない。

 まじめに悩んでると不思議なことがあるもので、書店の棚に『性の宗教−真言立川流とは何か−』という本が並んでるのを見つけました。前回、来たときにはなかった本です。歴史的な裏付けはあるし、現在は絶滅しているという。すぐに買いました。

 ――そこから三部作が始まるわけですか。

 セックスはエンタテインメントの要素ですから、まさにぴったりなんですよ。500枚ほどの習作を推敲して現在の枚数にしました。しかし、この1冊で3本書けるとは思わなかった。ありがたいですよ。

 ――習作と決定稿のアウトラインはほぼ同じですか。

 キャラクターが総入れ替えになりましたね。作品の毛色も心理サスペンスからハードロマンに変わってしまって……。

 ――心理サスペンスねえ。あの舞台でそれは鬱陶しいですね。ハードロマンで正解だったと思いますよ。父親の情もうまく伝わってきたし、読後に爽快感があるのが救われます。
これが、三部作のきっかけとなった資料。
『性の宗教 −真言立川流とは何か−』(笹間良彦著・第一書房刊)


リストラふざけんなよ、の心意気?

 ――さて、三部作の二『菩薩の宴』は、廃れた団地ではなくて大阪の架空のベッドタウンが舞台になりますが、今度は猟奇色が強いですね。ハードロマンを装ったサイコサスペンスかな?

 背景のスケールアップを狙いました。1作めでは、主人公グループが謎を解明してゆくことに絞りましたが、この2作めは、主人公グループが心に傷をもっているという設定にしました。一歩間違えれば負け犬人生が待っているというプレッシャーを主人公に与えつづけました。

 ――『まぼろしの城』では、失うものが何もない連中が主人公でしたが、『菩薩の宴』では、主人公たちは失敗すれば夢や家庭を失わざるをえませんよね。このあたり、陶さんの心境の変化などがあったんですか。立ち入ったことを訊くようで恐縮ですが。

 リストラが、はやりはじめた頃でした。失うものが大きい、働き盛りの人たちが会社の都合でどんどん職を奪われてゆく――それを見ているのが、やりきれなかったですね。ふざけんなよ! という気持が作品に影を落としているんですかねえ。分析しながら書いているわけじゃないから、よくわかりません。

 ――そりゃそうですね。メッセージ色が強いとクサくなりますからね。ところで、歯科医が主要なキャラクターとして出てきますが、診察室の描写がほとんどありません。さきほどおっしゃった、リアリティの補強のための取材はしなかったんですか。

 歯医者には見えませんか?

 ――いえ、ちゃんと歯科医に見えるんですよ。だから不思議で。ふつう、リアリティを固めるために、調べたことをことこまかに書いたりしますよね。

 ストーリーに密接に関わってくるなら、仕事場の環境を書きますよ。でも、この作品の場合、職業はあまり関係ない。地域に密着した自営業ならなんでもよかったんです。解剖学的な知識を持たせることが必要だったものですから、歯医者がベストだ、と。仕事ぶりを説明しなくても、個性の強い歯科衛生士を出すだけで、じゅうぶん説得力があります。歯医者という単語をぽんと置き、その脇に歯科衛生士という単語を置く。その二人の自然な会話が書ければ、治療器具をこまかく説明するよりプロっぽさが出て効果的です。


〈その2〉 パソコンへの道のり

 ――三部作の三の話をうかがうまえに、執筆環境を拝見。

 え、見せるの?

 ――恒例ですから。

 これ、第一回めでしょ。恒例も何も……。

 ――オンライン作家のみなさんも聞きたいと思いますよ。志を同じくする人が、どんな“筆記具”を使っているかなって。

 しょうがないなあ。いい? 散らかってるよ。

 ――ども。ほお、なかなかコンパクトな書斎ですね。かたづいてるじゃないですか。

 狭いでしょ。5畳の納戸がぼくの部屋。もっと本があったんだけど、引越しのときに売り払っちゃったから。

 ――資料なんかどうしてるんですか。

 新しいネタはネットから。歴史的なものが必要なときは図書館かな。館内閲覧のみの本はとくに資料的な価値が高いね。Aということを調べにいったのに、もっと興味深いBにぶつかってプロット練り直しなんてこと、ざらにあります。がちがちにプロットを固めてると、大変なめにあうところが図書館です。

 ――インターネットとはどう違うんですか。

 ネットの場合、欲しいものしか狙わないって感じかな。いわゆる“決め買い”ね。キーワードで検索するからそうなってしまいます。対して図書館は“ウインドーショッピング”かも。靴を買いにいったのに、気づいたらスーツまで買っていた――なんかうまく言えないけど。

 ――わかりますわかります。ところで、パソコン歴はどれくらい?

 2000年の3月からだから、3年とちょっと。マシンは一台目のまんまです。Windows98、CPUは500メガ、メモリは256メガ、ハードディスクは10ギガ。

 ――不満はありませんか。

 ワープロとインターネットくらいだから、これでじゅうぶん。キーボードに慣れるまでがつらかったけど。

 ――それまではワープロ専用機だったんでしょ。ローマ字入力だってかな入力だって問題はないでしょう。

 富士通オアシスだったんです。

 ――親指シフト!

 そう。かな入力だったら、慣れるとむちゃくちゃ速く打てるんだけど、汎用性がまったくない。パソコンにオアシス(梓註:ワープロソフト)をインストールして、おまけにキーボードも専用のものに換えるという手もあったんですが、そこまでやるべきかどうか悩んだ末に、ローマ字入力に乗り換えました。

 ――親指シフトからローマ字へ。一からじゃないですか。

 タイピング練習ソフトにはお世話になったなあ。フリーソフトから市販のパッケージまで、いろいろ試して一本に絞りました。『ブルース・リー打』というソフトで一週間でマスター。やってみる?

 ――あ、けっこうです。時間もないし。で、それからはずっとローマ字入力ですか。

 親指シフトほど速くはないけど、じゅうぶんですね。小説を書いてるときって、速度は要求されないので。ストレスが溜らないくらいの速さが出ればいいかなって。

 ――ところで、このキーボード、小さいですね。

 ああ、これね。「ハッピーハッキング」っていうの。(※梓註:キーボードに関しては「閑々随筆」をご参照ください)

 ――なるほど、陶さんにとってはベストのキーボードってことですね。

 いまのところはね。

これが、陶さん愛用の「ハッピーハッキングキーボード」。幅がA4縦と同サイズというコンパクトさ。デスクが広く使える。

発表の場、いまむかし。

 ――ところで、ホームページは作らないんですか。凝り性みたいだから、いいのできるんじゃないですか。

 更新とかやってかなくちゃならないでしょ。そんな時間ないんですよ。仕事、読書、執筆で一日が終わるもんだから。

 ――出版社の新人賞に応募しないんですか。

 昔はよく応募してましたよ。プロの作家になりたいというより、発表したいという思いが強くてね。でも、オール・オア・ナッシングの世界でしょ。受賞でもしないかぎり、何か月もかけて書いた作品が日の目を見ることはありません。かといって、自費出版は負担が大きすぎる。ところが、インターネットがあたりまえになって、自作発表の環境ががらりと変わりました。若い人たちが自由に発表しているのを見ると、ちょっとうらやましいかな。

 ――おれがやってきたことは何だったんだろう、と?

 まあね。でも、原稿用紙、ワープロ専用機を経てきたことは無駄じゃなかったと思います。筆記具は変わっても、文字の埋め方のルールは変わりませんから。

 ――陶さんの作品を拝見していて思うのは、字面の美しさです。縦書きテキストビューアに読み込ませれば一目瞭然。垢抜けしてますもんね。
 なんだか、おじさんの昔話みたいになってきましたので、いよいよ核心に迫りましょう。


〈その3〉 スケールアップのコツ

 ――さて、三部作のおしまいは『弔いの橋は闇に佇む』です。前2作とはがらりと趣が変わりましたね。登場人物も、警察庁長官からヤクザまで幅広く、年齢層もばらばら。陶さんの新境地を感じました……。

 最初の長篇は『まぼろしの城』でした。それまで100枚程度の短篇ばかり書いてきたんで、試行錯誤の連続でね。キャラクターの内面を掘り下げていって、どうにか恰好がついたしだい。『菩薩の宴』も、そう。三部作って言ってるけど、前の2作は習作みたいなもんかな。

 ――そんなこと言っていいんですか。いま、前2作を読んでいる人は、がっかりしますよ。

 最初から習作だと思って書いてませんよ。どの作品も、脱稿したときは自信作なんだから。後から考えると、『弔いの橋――』のための助走だった気がするだけという話でね。

 ――あんまりフォローにはなっていないような気がするけど……。つまり、通して読めば、成長の過程がわかる、ということですか。

 成長してるんでしょうかねえ?

 ――うーん。……してると思いますよ。担当がよろこんでましたから。スケール感がやっと出てきたって。

 「地味だ」とか「純文学を書いたほうがいい」とか、さんざん言われたもんね。もともとエンタテインメント志向だったから、そこまで言われると発奮しますよ。

 ――それで、納得のいく作品になりましたか?

 その前に訊きたいけど、おもしろかった?

 ――一気に読みました。いや、読まされてしまいました。政財界や裏社会のVIPが入れ替わり立ち代わり訪れるというペントハウスの設定はお手柄でしたね。

 瀟湘館(しょうしょうかん)ね。思いついたとき、勝ったなと。

 ――だれに勝つんですか?

 ともかく、すべての糸がまとまるな、と。いくら風呂敷をひろげても、そこさえ押さえておけば安心というポイントが瀟湘館でした。

 ――扇の要にあたる部分ですね。

 安心してストーリーを転がし、キャラクターを増やすことができました。長篇だからできることですよね。

 ――というか、それができなければ長篇は破綻します。しかし、いくら要の部分を押さえても要そのものが浮ついてちゃ早晩ばらけますけど、瀟湘館の設定はしっかりしてましたね。蒋介石の料理人、華族の没落、アラビア石油がリアリティをうまく演出していて。

 さっきも言ったけど、歴史的な事実をうまくまぶすと説得力が出てきますね。瀟湘館のバックグラウンド固めには、資料をあさりました。ストーリーにはあまり関係ないのにね。

 ――いかにも「調べました」という書き方じゃないからいいんですよ。説明のパートは飽きやすいですから、あれくらいの分量が適当です。ところで、作者としては満足のゆく作品になりましたか。

 今のところは。瀟湘館のシリーズ化ができないかと思ってるんですけどね。

 ――かなり気に入ってるんじゃないですか。


シノプシス書きは“儀式”

 ――瀟湘館シリーズですが、すでに着手してると聞いてますが。

 シノプシスはね。

――プロットの詳細ですね。即興にちかい状態で書く人もいますが、陶さんは完璧にストーリーを詰めてから書きはじめるタイプ?

 がちがちに固めるんですが、途中からまったく違う話になったりして。

 ――え、そうなの?

 シノプシスは……、そうですねえ……、見本みたいなものかもしれない。すくなくとも設計図じゃないですね。設計変更はざらだから。それも現場で勝手に。

 ――つじつまが合いますか、それで。

 合うわけないですよ。たとえば、2階建てツー・バイ・フォー住宅が3階建ての地下室付き注文住宅に突然、変更されるわけだし。設計変更がおこなわれた瞬間、シノプシスは無駄になります。

 ――無駄って……。だったらシノプシスなんていらないんじゃないですか。

 長い長いメモかもしれないな。無駄になるのはわかっているけど、書かかないわけにはいかない。

 ――書く前の儀式のような……。

 それそれ! 気を統一するというか、モチベーションを高めるというか。

 ――時間かかりますね、一作書くのに。

 アマチュアだからこそできる贅沢ですよ。締切に追われるプロだったら、こうはいきませんからね。自分のペースでじっくりいきます。

 ――でも、創作には旬というものがありますよね。のんびりしすぎて、旬をはずしてしまったら、あとは惰性でだらだらと、ということになったりしませんか。

 そのためのシノプシスなんです。気がゆるみそうになったときに読み返してみると、新しい発見があったりして意欲がわきますよ。シノプシスに救われているうちが旬だと思います。それを逃がさないようにはしていますが、ときにはそうでないときもあったりして。ま、そういうもんですよ。焦るよりましかなとは思います。

 ――なるほど。創作スタイルの次は、キャラクター造形について訊きたいんですが。


〈その4〉 書き手の安心が読者の負担

 ――キャラクターの造形にかんしてうかがいます。やはり、身近な人物をモデルにするんですか。

 顔かたちについては、最初の頃はよくやってたけど、書いてるうちにどうでもよくなっちゃった。

 ――どういうことですか。

 どんな顔かを描写することに意味があるとは思えないんですよ。もちろん、顔が重要な意味を持つんだったら必要ですけどね。それよりも、性格を含めたキャラクターの雰囲気を出すほうに力を使いたい。

 ――たとえば?

 服装、口調、仕種くらいで、だいたい読者はイメージしてくれるもんです。必要なら、おいおい補強していけばいいわけで、一気に描写する必要はないんじゃないかな。

 ――三人組などが登場したらたいへんですもんね。なぜ、描写したがるんですかね?

 読者への配慮というより、書き手の安心のために書くという感じかな。

 ――わかりますわかります。たとえば、部屋が出てきたときに、何畳くらいの広さで、なんてよく書いたりしますよね。

 部屋の広さが問題じゃなければ、いりませんよ。

 ――焦点をどこに置くかということですね。

 そう。

 ――そういう点に、いつ、どうして気づいたんですか。

 いつかは覚えてません。ただ、書いててなんかひっかかるなと思ってたんです。ここまで書かないと読者ってわからないものなのかな、と。で、本屋で立ち読みですよ。

 ――はあ?

 いろんな作家の小説を片っ端から調べてみました。登場人物の描写がどうなっているかをね。

 ――蔵書で調べられるでしょう。

 翻訳小説ばかり読んでたから、参考にはなりません。日本の作家がどう処理しているか、まったく知らなかったんです。びっくりしましたね。わたしの波長に合う作家のほとんどが、こまかな描写なんてしてませんでした。目からウロコですよ。

 ――立ち読みだからわかったんじゃないですか。買ってしまったら読むほうに集中しますもんね。

 そうそう。ピンポイントだからわかったのかもね。



狂気と情念がキャラクターづくりのキーワード

 ――では、外見ではなくキャラクターそのものはどういうふうに作るんでしょうか。

 ケースバイケースだから一概には言えないな。

 ――質問を変えましょう。キャラクター造形の際に心がけていることは?

 狂気と情念……かな。常識的で平凡な人間に見えるキャラクターでも、どこか狂っていたりアクの強い部分があるように描いています。

 ――でも、『弔いの橋は――』の主人公、呉麻美は非常に冷静で常識的ですよね。

 単体で見るとそうですが、二十代のくせに瀟湘館の女主人として政財界やヤクザの大物と対等にしゃべるなんて、ちょっと異常でしょ。

 ――外相に直談判にいくシーンにはぞくぞくしました。あのシーンだけでしたよね、麻美が瀟湘館から出るのは。

 出るけれど、麻美はずっと室内にいます。“主人公を動かせ”という小説のセオリーをくずしてみようとも思ったんです。

 ――そういやそうですね。動きませんねえ。でも、ばっちり血がかよってました。脇役が動き回るせいかな。

 ええ。動き回るやつらとミーティングをするシーンがよく出てくるでしょ。あれで、動きのなさを相殺できるんです。

 ――前の2作は主人公たちが動きまわるんですけど、場所が限定されていたせいか、動きは感じなかったなあ。
 でしょ? 今回はそれを逆手にとったんです。前の2作は、架空の市や町をどれだけリアルに描けるかというのが課題でしたから、あれでいいと思います。

 ――狂気や情念を秘めたキャラクターを生むためには、書き手にも狂気や情念が求められると思いますか。

 書き手は良識ある社会人たれ、です。書き手が異常な人だったら、まともなもの書けませんよ。

 ――以前、電波系の人が書いた小説を読んだことがあるんですが、強烈でした。わたし個人的には楽しめたんですけど、公開するとなると、ちょっとつらいものが……。
 天然には芸がないよね。小説には、芸が必要です。とくにエンタテインメント小説は、文章の芸と物語づくりの芸のどちらかが欠けたら不良品になるから気をつけなくちゃね。

 ――不良品、よく作りました?

 最初はことごとく不良品でした。あとで読んでみてわかるから始末におえない。今だってどうかわかりません。明日読んでみたら、ダメ小説だと気づくかもしれないし。とにかく、一作書き終えないと、前の小説のことはわからないんだよね。

 ――じゃあ、作品の見極めのためにも新作、お早くお願いします。期待してるんですから。




陶さん、海のものとも山のものともしれない新企画に登場いただき、ありがとうございました。
読者の反応も上々。インタビュー連載の手ごたえをしっかりと掴みました。
次回は『幸福参考書 生活宇宙52話』の櫻井公さんにご登場願い、ベテランプランナーならではの、発想法をうかいがいます。



Web Publishing AZUSA (C)2003-2017 All rights reserved.
「著者に訊け!」トップへ