●2009年9月


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亀の甲より 9月29日


 年寄というのは、なぜ声が大きいのか。電車でもバスでも平気で大声で話すものだから、周囲に会話の内容が丸聞こえ。けっこう楽しませてもらっています。

 朝の電車で、リュックを背負い、ウォーキングシューズで足許を固め年寄の一団と乗り合わせました。歴史散策に向かうところか、東海道、奈良街道、秀吉などの単語が、いやでも耳に入ります。

 その中、隣にすわった爺さん二人がまったく別の話を始めました。
 自分の年齢は昭和の元号と同じだ、というフレーズから話題はスタート。今年は昭和でいえば84年。話しぶりにも声の張りにも84歳という年齢を感じさせません。

 始まったのは、昔はよかったなあという話。豊臣秀吉がいた頃の昔じゃありませんよ。自分の少年時代の話。
 往時は遊具完備の公園などなく原っぱが主な遊び場だった、としみじみとした口ぶりに期待が高まりましたが、突然、現代との比較論に飛躍してしまったのは残念。

 原っぱがなくなったから、ガキ大将もいなくなった。ガキ大将がいなくなったから喧嘩もなくなった。今の子供は喧嘩をしたことがないから手加減ということを知らず、いざ暴力沙汰になったら相手に大怪我を負わせてしまう、などなど。
 メディアでさんざん使い古されたことばかりです。
 こういうことを頭から信じ、人前で自分の意見のごとく開陳するのはいかがなものか。
「そんな時代になるのをあなたたちは食い止めようとしたのか」と若者に突っ込まれたらどうする気なんでしょう。

 メディアリテラシーの概念もなく、自分が聞きたい説を受け入れてきた傍観者とでも言いますか。
 そうなると、果たして思い出も本物なのかと疑っちゃいますね。ドラマや映画の1シーンが上書きされているのでは?
 先の戦争の話だって、昭和ひとケタ世代の“証言”をそっくり信用するのは危険かもしれません。

 すると、話し相手の爺さんがとんでもないことを言い出しました。
 少子高齢化は自然の摂理である、と。
 この小さな島国に1億3000万は多すぎる。これ以上、数が増えないように何かの力が働いているのでは。

 おいおいおい、と私は胸の裡で突っ込みましたよ。
 日本は小さな島国か?
 1億3000万が多すぎるという根拠は?

 もう都市伝説の範疇を超えてオカルトです。
 自分たちが生を謳歌するのは当たり前、これから生まれてこようとしている者はあきらめろ、ということですか。
 厚かましさと無神経さへの自覚の無さが、年寄の声の大きさに現れるのかもしれない。

 ま、つまらなくはないんですが、やっぱり年寄のやくたいもない話のベスト・オブ・ベスツは、病気ネタ。
 病院の評価、既往症歴、民間療法の種類と効能など、人生のキャリアをフルに生かせる話題で勝負してほしいものだと、つくづく思いました。




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