●2009年8月


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フツーのテレビ 8月31日


 20代の知人と世間話をしていたら、「テレビ三昧の自堕落な週末を過ごしてしまいました」なんて言うものだから、高校野球か世界陸上ベルリン大会でも見ていたのかと聞くと、「いえ、フツーのテレビじゃなくて、ケーブルテレビ」との答。

 ケーブルテレビだって高校野球や世界陸上は映るでしょう。現に私のところでは、近所に高層マンションが建つというので受信障害回避のために地域のケーブルテレビになりました。これまでどおりのチャンネルで地上波が見られます。

 よくよく聞くと、有料サービスで米英のテレビドラマを見まくっていたよし。知人にとって、「フツーのテレビ」とは従来の地上波放送のことだったんですね。いわゆるV局・U局というやつ。
 いくらなんでもニュースや天気予報くらいは、地上波放送でチェックするだろうと思ったのですが、「ネットでOK!」だそうです。

「じゃあ、地上波はまったく見ないの?」
「気が向いたときに、チャンネルをポチポチ切り替えて斜め見」
「特に何かを見たいというわけじゃなく?」
「見たいものってないんです」
「日本のドラマはどう?」
「海外ドラマを見ちゃうと、もうね……リアルっぽいし、お金がかかってるし」
「日本のだって、カネはかかってるでしょ?」
「画面の質感が違うんですよね、映画みたいに奥行きがあるし。先の読めないストーリーもナイス」
「バラエティ番組は?」
「最低」

 この知人が若者の代表だとは思いませんが、うなずけるところは確かにあります。実際、私も地上波放送を見なくなって久しい。見るのは、WOWOWのみ。それもリアルタイムではなく予約録画したものが中心です。あと、受像機に映るのは、DVDソフトの映画くらい。

 地上波放送の番組を見るたびに、疲れやすさ、怒りっぽさ、性急さが高まるような気がして見るのをやめたのですが、心の片隅では、これは老化現象のあらわれではなかろうかという不安を抱いていたことも確か。
 テレビごときでこれでは先が思いやられる。こうして世間を狭くしていくのだなあ、となかばかあきらめかけていたのですが、若き知人の意見にそんな不安も諦観も吹き飛びました。

 耄碌への道を歩んでいたわけではなかったのだ!
 世間についていけなくなったわけではないのだ!
「フツーのテレビ」なんか見なくたっていいのだ!
 41歳の春はとうに過ぎたけど、これでいいのだ!

 昨年、HDDレコーダーを買う際、ハイビジョン録画もさることながら、地上デジタル番組が見られるということも動機のひとつだったことを思い出しました。デジタルになったところで、「フツーのテレビ」を見ない私にはまったく関係はないはずなのに。
 地上アナログは明日から停波したって大丈夫、と豪語していた自分が恥ずかしい。
 やっぱり老化現象は、すでに始まっているのかもしれませんな。




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