●2009年6月


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スポンティニアス・コンバッション 6月29日


 男同士で焼肉を食うと、高い確率で野菜の炭焼きを作ってしまいます。
「もう40だし、肉ばっかりってのもなんだか」と、不惑のくせに日和ったあげく、「あと、旬の野菜盛り合わせもお願いします」と追加オーダー。
 これがいけない。椎茸くらいはいただきますが、あとはほったらかし。まるで自然発火現象でも起きたかのように炭化した南瓜、獅子唐がごろごろというありさまに胸が痛みます。

 しかし、ここに女性が加わると、炭化野菜排出量ゼロ。
「網奉行」と化した彼女たちの、「かぼちゃOK! 食べ頃!」という指示に従っていれば、野菜の食い残しはいっさい出ません。
 やっぱり誰かがついててくれなくちゃだめなんですが、野郎ではいけません。「ほら、肉ばっかり食ってんじゃねえよ。かぼちゃ食え、かぼちゃ」なんて言われたら、うるおいもへったくれもありません。
 かといって、男だからだめだというわけでもないんですね。鉄板焼の店ではコック(焼き手)にあれこれ指図されても、すんなり受け入れられますから。

 これは、外食ならではの心理状態がなせるわざ。
 料理もさることながら、上げ膳据え膳の小さな幸福感も楽しみなんですよ。
 きょうはひとつ頼みますよ、というお大尽気分が気持いいじゃありませんか。多少、口に合わないメニューがあっても腹なんかたちませんし、食い残したりしませんよ。

 では、なぜ焼肉にかぎって炭化野菜が発生するのか。
 調理が客に委ねられているからです。肉を焼くのに忙しく、お奉行なんかしてられないからです。
 もし、焼き担当店員(男女に限らず)が一座の端っこに控えて、焼いては返し、加減を見ては、「お客さん、かぼちゃ、いけますよ」なんて控えめに言ってくれたら、野郎だけの客だってどんどん食っちゃいますよ。

 だいたい、賞味できる状態まで仕上げたものを供するのが料理店のはずです。
 料理のフィニッシュを客に丸投げしてしまう焼肉のシステムというのはいかがなものか。もんじゃ焼も調理を客に委ねますが、あれは軽食みたいなものだから、ここでは不問とします。

 客に調理させる店は、どだい料理屋ではないと思っていれば、大きな期待を抱かないですむというものです。
 好きなものを好きなだけ食うための場所だ、くらいのイメージで行く。もう本能の声に逆らわない。食いたくもないものは頼まない。40過ぎだからなんだってんだというワイルドな意志をむき出しにする。そして焼く。
 こういう客で殺伐としているのが、焼肉屋の正しい姿というものです。

 などと書いておりますが、ここ5年ほど、すっかり焼肉屋から足が遠のいています。
 年ごとにキムチの臭いに弱くなっているせいでしょう。
 焼肉発祥国たる日本のプライドを見せてくれる焼肉料理店というものがあれば、ぜひ訪ねてみたいものです。

 もし、ご存じの方がいらっしゃいましたらご一報をお願いします。
 調理丸投げでも、大丈夫ですから。




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