●2007年10月


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勘違い字幕スーパー 10月31日


 先週でしたか、2005年度版の『キング・コング』を見ていて、思わずのけぞってしまいました。

 土人の逆襲、恐竜のような爬虫類のスタンピード、巨大な節足動物の蝟集などのシーンでしょ? と思ったあなたは甘い。
 髑髏島に向う貨物船の中での字幕スーパーを見て、ウッソー! と叫んでしまったんですよ、私は。

「台本だよ」という字幕の「台本」という単語に、「ほん」というルビが打ってあったんですな。

 台本は台本でしょ? 字幕スーパーというのは意味を伝えるものであって、読み方まで観客に強制すべきものではないはずです。
 字幕翻訳者の苦労話に、セリフ1秒に対して3〜4文字、一度に表示される字幕は20文字までという文字数制限があるので単なる翻訳とは異なるテクニックが必要、というのがあります。要は、いかに簡潔に内容とニュアンスを伝えるかということです。

 くだんのシーンは、映画製作者と脚本家の会話であることを、観客はすでに知っています。業界用語のルビをわざわざ打って、観客に負担をかける必要がどこにありますか。

 この字幕翻訳者は、『プロデューサーズ』(2005年)の字幕でも、とんでもないことをしています。
 終盤、アイルランド訛りを表現するためか、語尾に「〜でしゅ」をつけた字幕スーパーで観客の興を思いっきり殺いでくれました。
 だって、すぐには意味がわからないんだもん。アイルランド訛りやテキサス訛りを日本語で表現できるわけはない。
 ウケを狙って小細工を弄するより、そこは黙ってスルーするのがプロの腕ではないかと思います。

 といっても、意味だけを記した無味乾燥な字幕をつけろといっているのではありません。キャラクターを立たせるため、多少のニュアンスは必要であり、親切でしょう。
 荒くれ男が、ですます調では変だし、しとやかな女性が、だである調でもやっぱり不自然。そこは普通の言語感覚と社会感覚さえあれば簡単にクリアできるはずです。

 単なる補助のくせに、字幕スーパーも作品だという思い上がりほど、見ていて疲れるものはありません。
 意識させないほどの自然な字幕。読むそばから文章を読んだことを忘れさせる字幕スーパーこそ、職人芸と言えましょう。

 外国文学でも、日本語に翻訳したとたん日本文学になるそうですが、字幕は文学になりえません。だって、元のセリフを切りつめたものなんだもの。戯曲の翻訳とは意味が違いますね。

 それにしても、ナオミ・ワッツは美人だけではない俳優ですな。がんばってました。見直しました。
 ナオミ(もう呼び捨てかい!)の力演に応えるためにも、今度は吹き替えで見てみることにしようかなっと。



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