●2007年9月


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文は人なり、西村寿行 9月30日


 不惑や初老と呼ばれる歳になって何が楽しいかというと、分析とか評価とかめんどくさいものをあっさり飛び越えることができることですね。

 たとえば、人。二言三言ことばを交わしただけで、人物がだいたいわかってしまうものです。
 たとえば、文。眼光紙背に徹すなんてものではなく、書き手の人となりまでわかっちゃうからおもしろい。

 若い頃は、先入観や思い込みで人を見誤ることなんてしょっちゅうでしたので、ひたすら自戒自重の日々を送っておりました。ところが、いつのころからか第一印象の精度がかなり上がっていることに気づいてからというもの、人も文もぱっと見だ! が私のテーマになってしまいました。

 とくにわくわくするのは、文章に接するとき。無署名の新聞・雑誌記事もそれなりにおもしろいものですが、投稿を含む署名ありの文章は格別です。
 性別、年齢、職業、肩書などの外枠のデータがあればあるほど精度はかなり向上します。そこに文章の内容というデータが加わると、プロファイラーもはだしで逃げ出す洞察力と分析力が発揮されてしまうわけです。
 プロの評論や小説を読んでいても、文章の巧拙とは別の次元で、人となりが透けて見えてくると昂奮しますね。面識の有無は関係なし。時間的なへだたりすら障害にはなりません。これもまた文章を読む楽しみのひとつでしょう。

 今年8月23日に亡くなった西村寿行さんを偲んで初期の長篇小説を読んでいたところ、編集部の若い衆が、いろいろ冷やかすんですな。

 曰く、「バックの人ですね」
 曰く、「尻フェチ? 『お尻さま』というセリフがねえ……」
 曰く、「最初読んだときはポルノかと思いました」
 曰く、「読むバイアグラなんて言われてましたっけ」
 曰く、「編集長ってば……!」

 一般的な認識はこのようなものでしょう。今でもこうですから、全盛時代に寿行ファンを公言することは、ちょっぴり勇気のいることでした。
 なかには、寿行の本質はハードロマンにではなく動物小説にあり、などとスカしてみせる寿行ファンもいましたが、バイオレンスやエロ目当てで読んでも、ちっとも恥ずかしいことじゃありません。読者サービスは素直にお受けするものです。
 もちろん動物小説も社会派ミステリもすばらしいし、時代物もおもしろい。題材もテーマも、今でも輝きを失ってはいません。

 読み直してみて、あらためて気づいたことがあります。
 よく、断定調で骨太、スピード感がある文体と言われていますが、それは内容寄りの見方。
 物語の展開に引きずり込まれてしまって、文そのものへの追求を忘れてしまうせいか、寿行さんの文そのものへ言及した文章を読んだことがありません。
 文語調だったり、ショートセンテンスのあまりト書きのような表現が出てきたりと、かなり癖はありますが、基本は“上品”。これが、あたらしく発見したことです。

 官能的なシーンにしても、微に入り細をうがつことはせず、むしろ“引き”の構図で淡々と描写されている。このあたりが、今や花盛りの情痴小説とは一線を画すところ。
 さらりと流しながらも強烈な印象を残すところなど、寿行さんならではの力業です。キャラクター造形、構成力、テーマが磐石だからこそできるもので、描写に頼らない潔さが西村文学の身上だと思います。

 文章を読むほどに、寿行さんご本人も上品な人ではなかったかという思いが深くなってゆきます。
 編集者との酒宴などで、酔って連載の約束することがたびたびあったが一度として反故にすることなく誠実に実行したというエピソードに、文章から伝わってくる寿行像がぴたりと重なります。
 文は人なり。昔の人はいいことを言いました。

 引き合いに出して申し訳なく思いますが、こういうかたちで寿行さんのすばらしさを語ることができてよかった。
 西村寿行さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、全集の刊行を今か今かと待っています。



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