●2006年10月


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●プロは大変だ● 10月31日


 今月は出張づいておりまして、週末は常に飛行機か新幹線に乗っているというありさまでしたが、フォトグラファー同行の出張だったので、移動中は退屈せずにすみました。
 それにしても近頃、フォトグラファーはみんなノートパソコン持参ですな。ホテルできょうの成果が確認できるうえ、その場でCD-ROMに焼いて納品まで済ませられるから便利なものです。

 プロだから当然といえば当然なんですが、その写真の美しいこと。ピント、露出ともばっちり。粒状感なしのなめらかな画質は感度ISO100以下にちがいありません。うーん、すばらしい。
 陽光降り注ぐ屋外でこの写真だったら、私もこれほど驚きません。現場は夜の室内。光源は天井の蛍光灯。被写体は人間。もちろんストロボはなし、おまけに手持ち。
 私なんかが撮った日には、手ぶれしまくりでボケボケか、感度上げすぎでカラーノイズこってりになってしまうでしょう。もう全滅ですな。やはりプロはすごい、と痛感した次第。

 プロの伎倆には敬意を払うのにやぶさかではありません。酒の勢いも手伝って、その夜は大盤振舞をしてしまいました。
 しかし、大人の奢りには裏があるのは当然。プロの撮影技術の一端でも盗んじゃおうという魂胆があったことは言うまでもありません。
 下戸のフォトグラファーが饒舌になったころを見計らって、低感度撮影のコツをたずねました。
 質問を理解した瞬間、フォトグラファーが急に真顔になったので、しまった悟られた、と肝を冷やしたのですが、すぐに彼は相好をくずし、「それはね……」と口を開きました。しめしめ。
「写真のコツはひとつだけです」
「ほお。先生、ひとつだけですか」
「うん。テクニックや機材は二の次です」
 きたきた、きましたよ。みなさんに教えるのがもったいないくらいのノウハウが、いま白日のもとに。
「マスター・ヨーダ、大切なものとは……?」
「心じゃ」
「はあ? 心……ですか」
「写真は心で撮るものなのじゃ、ルーク。考えるな、感じるのだ」
 フォース問答、もとい、禅問答になりそうな雲行きに、質問を切り上げました。

 以来、撮影の“心”というものを折にふれて考えましたが、よくわかりません。「料理は心や!」とのたまうことで有名な料理人がいますが、あれもそうなのでしょうか。
 テクニックよりも心が勝るのか、それともテクニックやセンスというベースに心が宿るのか。人をからかうようなフォトグラファーではありませんから、謎は深まるばかり。こういうときは作品に当たるのが近道。

 画像をモニタに映してじっくり見てみましたが、見れば見るほどわからない。心霊写真のほうがまだわかりやすいでしょう。
 凝視するのに疲れ、なんとなくExif(エグジフ)データを開いてみました。そのとたん、私の疑問は氷解しました。
 ご存じないかたのために説明しますと、Exifとは、画像についての情報や撮影の日時や設定などの付加情報です。今のデジカメのほとんどが対応しています。失敗写真の原因をデータから探ったりできるので、私は重宝しています。
 それはさておき、Exifデータを目にした私を襲った衝撃とは!! 

 なんと、感度がISO800だったのです。感度を上げると少ない光でも速いシャッタースピードが維持でき、手ぶれが避けられるのですが、そのぶん、ノイズが乗ってしまうものなんです。しかし、この写真にはノイズがありません。テクニックの問題ではありません。もちろん、心の問題でもありません。
 で、いろいろ調べてみたところ、CCDのサイズと画像エンジンがミソだったのです。詳しく申し上げるとヘトヘトになってしまいますし、みなさんのイライラも伝わってまいりましたので、簡単に。
 フィルムカメラのフィルムに当たるのが、デジカメのCCDです。これが、コンパクトデジカメのものに比べ、一眼レフのは格段にでかい。おまけにレンズも明るい。さらに、ノイズを低減させる画像エンジンのパワーも段違い。
 コンパクトデジカメしか使ったことのない私が思いつくはずもありませんよね。

 こりゃとうていかないませんわな。うわっ、シャッタースピードが1/15秒しか出ない! とコンパクトデジカメのインジケーターを見てひきつる私の隣で、フォトグラファーは平気で高速シャッターを切っているんですから。

 なにが“心”じゃい! 機材やないかい! と一瞬むっとなりましたが、果たして私が記者撮りのために重い一眼レフを買いますか? 高価なレンズを揃えますか?
 彼は20キロはありそうなカメラバッグをかついで、いつでも現場にやってきます。混んだ通勤列車をものともせず、雨の日は完全防水で。

“心”とは、プロのプライド、気魄のことではかったのか、ということに思い至りました。くだんのフォトグラファーは酔った勢いで与太を言ったわけでも、恰好をつけたわけでもなく、秘めたる心意気をつい口にしたのでしょう。

 餅は餅屋。あたりまえのことでした。
 そんなことを考えながら、焼酎の湯割を味わう秋の夜長。うーん、プロは大変だ。




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