●2006年8月


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●灯台もと暗し● 8月31日


 年々、暑さがきつくなっているようです。特に大阪は沖縄より暑く、盆休みはどこにも出かけず、うちでごろごろしてました。

 レンタル屋に行く気力もなく、家のDVDを気のおもむくまま見ているとき、ふと疑問が湧きました。それは、洋画アニメでも「日本語吹替え」と呼べるのかということ。当てレコの言語が英語が日本語かというだけの話なので、「日本語版」と言うほうが正しいのではないか、と思ったんですよ。まあ、たいしたことではないんですけど。

 これまで日本語版でしか見ていなかった『シュレック』を英語音声で鑑賞したのですが、字幕だけではおもしろさ半減。ドンキーの声を当てているエディ・マーフィーのノリのいい口調は愉快でしたが、これなら日本語版のほうがずっといい。

 映画好きと話していると、オリジナル音声/字幕スーパーが最高! というかたが大半。俳優の本当の声が聞けるし、雰囲気が感じられるから、というのがその理由のようです。この意見はよくわかる。ファンにとっては、声まで本物でなきゃいやでしょうし。そんな人たちが洋画アニメに対してもオリジナル音声/字幕スーパーにこだわるんですな。
 あの俳優の声だけでも聞きたい、という奇特なかたばかりとは思えません。オリジナル原理主義と申しますか、そういう思い込みから逃れられないのでしょう。もちろん、オリジナル音声が100%理解できるかたはこの限りではありません、念のため。

 私なぞ根が貧乏性ですから、どんな作品であろうとしゃぶりつくそうと虎視眈々。物語を完璧に理解し、撮影監督の意図を探り、巧妙な伏線を発見するには、やっぱりセリフは日本語に限りますね。しかし、まだまだ私のような存在はマイノリティ。実写もアニメもオリジナル音声版が日本では主流です。

 このオリジナルへの強いこだわりはテレビの洋画劇場に原因があるのかもしれません。時間枠の都合で本篇カットしたり、効果と称して勝手な音楽を付け足したり、映画好きには悪夢のような改悪が施されるもたびたびですから、ハリウッドスターが日本語をしゃべるだけで、反射的にバッタモンのようなイメージが湧き、本物を見せてくれよう! とばかりにオリジナル指向メーターが右側に思いっきり振り切れてしまうのではないでしょうか。

 なお、映画好きのお楽しみに水をさすつもりではないことを、あらためてことわっておきます。エンタテインメントを楽しむうえで、行きすぎたオリジナル原理主義は目の曇りになるのではないか、と思った次第。

 有名俳優の声優起用で有名な日本のアニメプロダクションがありますが、キャラクターの向こうに俳優の顔が浮かんで集中できないという批判をよく耳にします。いっそ英語吹替えにして字幕スーパーで見たほうが楽しめたりして。
 あ、これはまた別の話ですね。つるかめつるかめ。




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