●2006年7月


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●モーレツ! イメージ藏● 7月24日


 東西の冷戦が終結したとき、エスピオナージュ小説の書き手たちがいっせいに頭をかかえた、という話がありますが、国際情勢を背景にした作品を書いているかぎり、そのようなリスクはつきまとうものです。
 知人の会社員Sさんもその一人。長篇小説のプロットを半年がかりで練り、いよいよ着筆という段になって、設定が覆りそうな事件が起きました。

「なんでミサイル撃ちますかね」
 と、溜息まじりの電話がかかってきたのは今月上旬。
 書きはじめた小説は国際謀略モノで、北朝鮮の特殊部隊と公安警察の暗闘にマルチ商法の被害者が巻き込まれるという、スケールが大きいのか小さいのかよくわからない物語。
 ミサイルの一件で孤立した北朝鮮は、これからどうなるかわからない。実に不透明な状況になってしまいました。こういう状況こそ、小説にはもってこいと思うのですが、勤め人であるSさんは執筆のためにまとまった時間がとれず、完成まで約1年のスパンを考えていたようです。体制が維持される保証がないと、怖くて書き進められないでしょう。

「それにね、新潟港から工作員が上陸するはずだったんですが、それもパア。もう北朝鮮は使えませんよ」
 架空の国とか団体とかに変更したら、と助言すると、
「リアルなポリティカルサスペンスを書きたいんです。作り物の国なんて、説得力ゼロですよ」
なんてことを言うんですな。それなら、人民解放軍特殊部隊にしたらどうでしょうか。
「だめだめ。大味というか、なんとなく間抜けっぽくてのれませんね」
 いっそ刑事警察と公安警察の闘いにしては?
「ありがちだなあ」

 一蹴ですか。そうですか。構成やテーマも知らされないまま、あれこれ言ってもハズしてしまうだけ。
 ざっとでいいからプロットを聞かせてくれるよう頼むと、これがなんとなくはっきりしない。エピソードの断片であって流れがないんですな。すでに書きはじめたそうですから、ふつう、ある程度の筋立ては頭に入ってるものでしょう。

 それから30分ほどの会話で謎がとけました。
 Sさんは、思考支援ツールなるソフトを使っていました。これは、アイデアの断片をグループ化し、線でつないだり階層化したりして、考えを練るのを手助けしてくれるものだそうです。キャラクター設定、エピソード、小ネタ、ギャグ、情景描写にいたるまで、作品のすべての要素を俯瞰しながら物語を進めていくのが、Sさん流。物語の流れをその場で作っていくというから、偉いというか大胆というか……。

「パソコンを買う前は、ポストイットで同じことをしてたから、突風を食らった日には悲惨でした。風でパソコンが飛ばされることはないもんね」

 シークエンスではなく、イメージの断片を並べ替えるというスタイルもありだな、と思います。ストーリー以外のパーツをすべて揃え、イマジネーションのおもむくまま並べるうちに話が転がってゆく。もちろん、パーツはこれからもっと増えてゆくでしょう。

 なーんて、「著者に訊け!」の結びのようなことを思いながらも新たな疑問が。パーツとなるイメージやアイデアは、やっぱり作品の想を得てから収集するんでしょうか。
「まさか。音楽を聴きながらふと浮かんだ映像、映画のワンシーン、街で見かけたことなどを、じゃんじゃんメモにしておくんです。自分の好きなもの、琴線にふれるものを書きつけておきます。忘れないうちに、いわゆる“イメージの倉庫”に放り込んでおかなきゃね」

 小説を書く方というのは、こういうところが違うんですね。コマーシャリズムにどっぷりとつかっている私には、想像することさえできない、“オレを見ろ根性”。
 すっかり感心した私は、蒙をひらいてくれた礼をていねいに述べて電話を切りました。

 え、Sさんの小説がどうなったかって? さあ、どうなったんでしょうかね。たぶん、イメージ藏でお宝を発見してるはずですよ。

 便りのないのは上首尾の証拠。脱稿は寝て待て、と申します。




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