●2006年5月


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●戦艦奪還、換骨奪胎。ちょっと似てる?● 5月8日


 近頃、映画鑑賞から遠ざかっていたため、この連休の映画三昧は楽しゅうございました。
 新旧邦洋関係なく録りためていたのですが、奇しくも、一人のフィルムメーカーのデビュー作と最新作を見ることができ、いろんなことを考えさせられました。

 そのフィルムメーカーとは、阪本順治監督。
『どついたるねん』(1989年)と『亡国のイージス』(2005年)を、時間をあけずに鑑賞。片やインディーズ/オリジナル脚本、片やメジャー/ベストセラー脚色/防衛庁・海上自衛隊・航空自衛隊全面協力。これだけの差がありながら、おもしろさという点ではデビュー作のほうが圧倒的に上であることに驚きました。
 デビュー作であれほどのものを撮った人が何でこんなものを……、と。

 イージスシステムの説明不足、さびしい特撮・CG、曖昧模糊とした人間関係、メッセージの放置などなど、見ていてストレスが溜まるばかりでした。
 プリプロダクションの段階で気づけよ、と憤慨するのは簡単ですが、それでは何も学べない。人生における貴重な127分を無にしないためにも、考えますよ私は。考えますとも。

 こまごました欠点は脇に置いておくとして、何といっても、あの長大な原作を2時間強の尺に収めることに無理があったのではないでしょうか。だからといって5、6時間なら大満足、と言いたいのではありません。

「半端な省略」。
 つまらなさの原因は、ここにあります。
 省略は不可欠であり、小説と映画が別物になるのは当たり前なのですから、原作を大胆に翻案し、換骨奪胎を狙ってほしいところでした。

 省略というものは実は曲者で、単に削るだけでは、ダイジェスト版あるいはハイライト版にしかならないんですね。そこには新たなアイデアが必要になってきます。これは、脚色や潤色にかぎったことではなく、オリジナル脚本にも言えることです。
 削る、という引き算では欠陥品になってしまう恐れが大です。いっぽう、省略は凝縮を生み出すのですな。適切な省略をほどこせば、テーマにも、語り口にも、キャラクター造型にも、奥行きが出てくるものです。

 と、ここまで書いてきて、この考え方は小説にもそっくり当てはまることに気がつきました。納得のいくまで書き直せるわけですから、映画作りよりもずっと楽でしょう。

「推敲とは省略することと見つけたり」

 創作にお悩みのあなたに、この字余り『葉隠』風標語を贈りましょう。軸装なり額装なりして床の間に飾っておくといいことがあるかもしれませんし、ないかもしれません。

 学ぼうという気持があれば、どんなことからだって学べるものだということを実感した、有意義な連休でした。
 ありがとう、『亡国のイージス』! アディオス、阪本監督!




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