●2005年12月


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そんなやつ、いてへんやろ。 12月8日


 ある時代小説作家のこんなひとことが記憶に残っています。
「小説というのは、広義のミステリーだ。読者に、『次はどうなるんだろう?』と思わせつづけなくてはならないという意味で」

 これが小説の神髄だ! と感動したのも今は昔。神髄でもなんでもなく、エンタテインメント小説を書く者の基本ですよね。きっぱり言われると、金言のたぐいに思えてくるから不思議ですな。

 Web Publishing AZUSAの発足以来、「小説というのは、広義のファンタジーではないか」と考えるようになりました。
 以前は、ファンジーといえばジャンル小説というイメージが強く、内容も『指輪物語』をはじめとする著名な作品のエピゴーネンが多かったりで、一般読者には敬遠されがちでした。

 ところが、私たちのもとに寄せられるファンタジー作品の数々は、そんなイメージをあっけなく払拭。一枚も二枚も上手です。
 超自然的な事物による危機の回避というおなじみのパターンはいっさいなし。魔法やドラゴンが出てきても、物語を都合よく進めるためのギミックではなく、必然的な存在として描かれています。
「こう書いておけばファンタジーになるだろ」という甘さはなく、むしろジャンル小説に陥ることを意識的に避けているようにも感じられます。
 その結果、作者の独創性と発想力が存分に発揮され、いわゆる「ファンタジー」とは異質の作品に昇華しているんですね。
あえてジャンル分けをするなら、ファンタジーに入るのかもしれませんが、その内容・作りは、押しも押されもせぬ一般小説。いや、単に「小説」と呼ぶべきでしょう。

 これほど作者のイマジネーションが尖鋭化したものはないんじゃないかと考えたとき、「小説というのは、広義のファンタジーである」ということばがひらめいたのです。
 ほとんどの小説は作者のイマジネーションの産物です。ミステリーであろうがサスペンスであろうがホラーであろうがロマンスであろうが、作者の頭からひねり出されたもの。そういった点では、ファンタジーと呼んでしまってもいいのではないかと思います。

 ジャンル小説にあえてとどまっていたファンタジーを読むたびに、「そんなやつ、いてへんやろ」と毒づいたりもしていましたが、かようないきさつで、そういうことも少なくなりました。

 最近、このような大木こだま節が炸裂するのは、テレビドラマなどを見ているときですな。
 とくに“韓流”。
 複数の韓流人気ドラマを見てみたのですが、わたしの口からもれるのは、「そんなやつ、いてへんやろ」というぼやきばかり。こてこてのジャンルものがこんなところに生き残っていたんですね。
 ものめずらしさもあって話題になったようですが、やがておさまるべきところにおさまるでしょう。しょせん、マニアのものですから。

 ま、そんなことはどうでもいいんですが、ジャンルにとらわれず、イマジネーションの翼を広げはじめたファンタジーの書き手には期待大です。オンラインの世界では、すでにすごい作家が現われていますから、食わず嫌いの方はだまされたと思って読んでみてください。
 気にくわない作品にもぶつかるかもしれませんが、秀作に出会えたときの感動はひとしお。
 お金をかけずに時間をかける。小説読みにとって理想的な時代はすぐそこまで来ています。




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