●2005年3月


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●ぼちぼちいこか● 3月12日


 創作に関する質問メールをときおりいただきます。表記ルールだったり、新人賞応募の際に気をつけることだったり、人称にともなう問題だったり、いろいろです。
 とくに、人称にともなう質問は周期的にいただきます。いわば、創作作法のFAQですね。いっそサイト内にそういったページを作ってはどうかという話が出てはいるんですが、メールをお寄せくださる方々の真摯な文面を拝見していると、「ここを参照のこと」と言って終わりでは味気ない。できるかぎり、その方の言い分を聞き、じっくり答えていきたいと思っています。
 それをきっかけに有料コンテンツを利用していただこうというスケベ心はありませんよ、念のため。

 いきなり話がそれてしまいましたが、今回は人称――とりわけ一人称について述べます。
 長篇では難しいが、掌篇・短篇では書きやすいのが一人称です。視点が固定しているから、主人公の動きや感情の変化など、書き手としてはなにかとコントロールしやすいのです。
 しかし、そこが曲者。
 景気よく書いていると、ついつい筆が暴走するのも一人称です。
 三人称的表現を使ってしまうのが、その典型的なケースといえましょう。以下、例を出しますが、これは私の作文であることをお断りします。お粗末ですが、そこはご愛嬌。

【例1】
 私の言葉に、彼女は納得できなかった。過去の出来事を思い出し、そこから私の不誠実な態度を抽出しては、きつい言葉を投げつけた。

 なんか変でしょ? 彼女が納得できないことを、どうして知ったのでしょうか。過去の出来事を思い出していることを私が知っているのも変だ。

【例2】
 料理に舌鼓を打ち、美酒をあおっているまさにそのとき、私を失脚させるための密談が都内某所で行われていた。

 これも変。どこがおかしいのかわかりますか。
 そう、密談が行われていることを、私はなぜ知っているのか?

 一人称は、語り手が見聞き、感じたことしか書けないのです。語り手が居合わせていないことは、伝聞または推測というかたちでしか書けないのです。上の2例を一人称に即したものに書きかえるとすると……。

【改善例1】
 私の言葉に、彼女は納得できなかったようだ。過去の出来事を言い募り、私の不誠実な態度の数々をあげつらっては、きつい言葉を投げつけた。

【改善例2】
 料理に舌鼓を打ち、美酒をあおっているまさにそのとき、私を失脚させるための密談が都内某所で行われていたという。

 前後の文脈に関係なく、うわべだけ修正してみました。

 書き慣れた方にとってはなんでもないことかもしれませんが、創作の世界に足を踏み入れたばかりの方には、気づきにくいところのようです。「私」を語り手にして書けば、おのずと一人称に……ならないのが、創作のしんどさでもありおもしろさでもありますな。

 構えて書いては硬くなる。奔放に書いては筆すべる。作品にはジャイロが、書き手に対してはサーボが必要ではないか、とむかしから考えています。いやいや、これはもののたとえ。機械のように書くべし、と言っているわけではありませんよ。サーボというのがわかりにくければ、「三歩すすんで二歩さがる」と読みかえてください。

 ドントルックバック! とばかりにひたすら書き進めてゆくのもひとつのスタイルですが、天才でもないかぎり、狂いはかならず生じます。それが、のちのち大きな誤差に成長することは、火を見るより明らか。精度は最初からある程度出しておいたほうが、推敲が楽です。

 行きつ戻りつ書いてゆけばいいんじゃないですかね。創作はスピードを競うものではありませんから、マイペースで納得のいく作品を書いてください。
 さあ、ご一緒に、ぼちぼちまいりましょう。
 随筆の更新はぼちぼちじゃ困りまっせ、という声がどこからか聞こえてまいりましたが、どうせ空耳でしょう。
 人間、ぼちぼちがいちばんですな。




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