●2005年1月


「閑々随筆」トップへ バックナンバー インデックスへ




●森が呼んでいる● 1月12日


 年末進行が重なってしまいまして、この随筆をまるひと月以上、さぼってしましました。
「一年の計は簡単である」なんてふざけたことを言っていた罰でしょうか。

 当サイトも今年の6月で満2歳。サイト発足以前から数えると、講評させていただいた作品はかなりの数にのぼります。これだけやってくると、傾向というものが見えてきます。いえいえ、ジャンルとか年齢層とか、そういうものじゃありません。こだわる部分別傾向とでも言いますか、大まかに三つに分けられます。

【語彙こだわり派】
 ご自身の語彙の中から、あまり一般的でない語をあえて選んだりしているようです。収まりがよければいいのですが、そんな例はまれで、語の重さを支えるのに精一杯。文章の揺れや硬さに無理があらわれたりしますな。「こんなことばを知ってるよ!」と主張したいのはわかりますが、小説は漢字検定ではありませんからねえ。

【表現こだわり派】
 どうしてここまでややこしく書く必要があるのだろう、という疑問ばかりがふくらんでゆく作品もありました。すっと書けるところなのに、メタファーてんこ盛りなものだから、文はねじれるし、読者の頭の中もねじれます。こういう方のつねとして、「翻訳小説の影響を受けているかも」とおっしゃいますが、それは翻訳小説に対して失礼というもの。

【こだわりゼロ派】
「漢字も文章作法も知らないが、とにかくこの話が書きたいんじゃい!」という異常な情熱が感じられるタイプ。どうしようもないかというとそうでもなく、物語の構造を本能的につかんでいるため、ついつい引き込まれたりして……。。こういう方は、文章意識の高まりとともに急速にうまくなっていくようです。

 こう見てくると、こだわりは不要のように思えますが、そうではなく、情熱こそが大切だということがわかります。
 語彙の豊かさや表現の工夫は、強力なアイテムになってくれるでしょうが、推進力にはなりえませんからね。

 よく「木を見て森を見ず」なんて言いますが、こだわり派が陥りがちなのが、まさにこれ。破綻気味でもいいじゃありませんか。目の前の木をちまちま整えるより、森のダイナミズムを描くほうがどれだけわくわくするか。読むほうだってそうですよ。

「能ある鷹は爪を隠す」――こだわり派のみなさん、今年はこれでいきましょう!

 まさに、一年の計は簡単である、ですな。




「閑々随筆」トップへ バックナンバー インデックスへ
Web Publishing AZUSA (C)2003-2018  All rights reserved.