●2004年10月


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●シン・レッド・ライン● 10月21日


 映画レビューをこよなく愛するわたしにとって、ブログの隆盛はまさに天恵。いろんな方が、作品の新旧にかかわりなく、映画を大いに語っておられます。読むたびに新鮮な発見があり、見識が広がる思い。頼もしいですな。
 玉石混淆ではありますが、“玉”のすばらしさにくらべたら――比較するのも失礼ですが、あえて――、ジャンケット族によるパブリシティ(記事広告)の文章など、ポップコーンバケットの底に残る不発トウモロコシくらいの価値しかないでしょう。

 過去、このコーナーでレビューとも感想文ともつかない文章を書いたことがあるんですが、一筋縄ではいきませんな。読むは極楽、書くは地獄。レビューの類は、特にそうです。わかっちゃいるけど、ついつい書きたくなってしまいます。ネタはすでにあるし、分量も比較的少なくてすむし、作品という共通体験があるからこまごま説明する必要もないし、なによりも手っ取り早い。もういいことずくめ。

 しかし、書き終えて愕然とすることが多々あります。ストーリー紹介に終始してしまったり、映画とは関係のない持論の展開に流れたり、おかしくもない自虐ギャグを連発したりと、もうさんざん。うっかりすると、ただの映画感想文になってしまったりもします……。むずかしいもんです。
 そこでわたしなりに、すぐれた映画レビューの条件というものを探ってみました。

〈条件1〉
あらすじを詳しく述べる必要はない。物語の流れが必要なら、本文に織り込んでゆく。

〈条件2〉
その作品のみで勝負しない。類似作品、関連作品を援用して、読者のイメージを助けつつ、持論に説得力を持たせる。ただし、衒学に走ると嫌味になるので注意。

〈条件3〉
新聞の投書欄のような、万人向けの陳腐な結論は書かない。また、「考えていきたい」「私たち全員の問題だ」などの思考停止語法で逃げない。

〈条件4〉
布教・折伏・説教・煽動・洗脳は絶対禁止。

 ざっとこんなもんでしょうか。この4つさえ押さえておけば、すぐれたレビューが書けるかというとそうではないようです。これらは単に基本というだけで、そこに個性が絡んで文章に味やユーモアといったものが生まれるんですな。
 映画感想文と謳いながらすぐれたレビューを書く人もいれば、レビューを気取りながら薄っぺらな感想文しか書けない人もいる。要は、“好き”の度合いの差なんでしょう。うまい方の手にかかると、一生縁がないと思っていた作品でも見たくなるから不思議です。

 映画の話をさせたら天下一品、という人があなたのそばにも一人くらいいると思います。「つまらないから見に行っちゃいけないよ」と言いながらストーリーを語ってくれるのですが、おもしろそうなんですよね、これが。
 こういう人は“ジャンケット族用語”なんて知ったこっちゃありませんから、「ほら、●●●という映画で、出てきたとたんナイアガラの滝壺にたたき込まれた金髪のおっさん」というような表現で記憶を刺激し、俳優の顔を思い出させてくれます。おまけにおもしろい。まさに、スタンダップレビューと申せましょう。この技を文章でやれれば、ベストです。

 おしまいに、念のため。これまで述べてきた「レビュー」とは、映画専門誌などに載っている「評論」とは違うものであることをお含みおきください。
「レビュー」とは、ある意味では“人柱レポート”。それには難解な論考は必要ありません。エンタテインメントたりえているかという、そのことだけが、「レビュー」と「評論」「感想」とを明確に分ける“細い赤い線”であるように思います。




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