●2003年8月


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●サイトリニューアル御礼 納涼特別鼎談「通信教室編」● 8月1日

出席者/いつもの編集長(文中H)、いつもの編集部員(文中A)、通信教室担当(文中T)

A 早いもので、この座談会も3回めを迎えます。きょうはどんな話が飛び出すのやら?

H あきれました。勝手にMCやってますよ、この人。これ以上、なにか話すことありますかね。

T 通信教室のこと、話していいですか。

H 宣伝はだめですよ。この格調高いコーナーが台無しになってしまいますからね。

A 格調高い……。

H なんですか。なに驚いてるの。

T あの……、宣伝じゃないんです。ちょっと気づいたことがあって、お二人にお訊ねしようかと。

H・A はいはい、なんでしょう。

T 生徒さんのスタートは申込み順だからばらばらなんです。そのあたりでとまどうかたがいらっしゃるみたい。“教室”ということばのイメージが強すぎるんでしょうか。

H そうでもないと思うけどねえ。ただ、内容を見てると、昔風の塾っていう感じかな。途中でやめてもノー・プロブレムなんだし。

T ええ。自分でやっていけると思えれば、2か月だけでもかまいません。ほんとは全課程半年なんですけど。

A 費用を払い込んでいるのに半年でやめちゃう人なんていないでしょう。

T 一括は希望者のみです。2か月で1単位ですから、次の課題が始まるときに前払いということにしてます。

A ああ、そういうことですか。

H 好感度ダウンですね。通信教室発足のときに説明したでしょ。わたしだって、ページ作りに参加したんですから。ところで、半年つづけなければ意味がないとも思うんですが。

T それも、以前、説明したんですが……。文章教室じゃないので、基礎から応用までというカリキュラムはないんです。

A 好感度ダウ――。

H よけいなことは言わなくてもよろしい。

A ちょっと飲み物を買ってきます。

H はいはい。ゆっくりでいいよ。そうか……なるほど、まさに私塾ですな。そりゃ生徒さんがとまどうはずです。マンツーマンなんて慣れてませんから。普通、通学制の創作教室だったら合評会なんてのがあって、「あいつより、おれのほうがうまい」と一喜一憂するわけで、それも励みになったりするんだけどね。ところで、文章教室じゃないって言ったけど、一から教えてくれという生徒さんもいるんじゃないんですか。

T 10枚2課題、30枚1課題をこなすのが大前提ですから、そういうかたは来ないんじゃないかと思います。「とにかく教えてくれ」じゃなくて、「うまく書けないけど、なぜ?」というかたなら歓迎します。

H 書きたいっていう気持が大切だもんね。このまえライブラリーに収蔵した『生活宇宙52話』(櫻井公・著)に釣の話があってね。釣を覚えようとしている人に、技術を教えずいきなり魚を与えてしまうことは愚行だ、というようなことが書いてありました。わたしたちには工夫をうながすことしかできませんし、また、してはならないと思いますね。いいんじゃないですか、通信教室は今のままで。手前勝手な規則なんか、百害あって一利なしですよ。

T そうですね。とまどう生徒さんには、そのときにきちんと説明すればいいですよね。

H ずいぶん好感度が復活したんじゃないかと思いますが。

A とんとんじゃないですか。

H 中座した人に言われたくはありませんね。だいたい……、あれ? わたしにも買ってきてくれたの? すみませんねえ、喉が渇いてたんですよ。120円でいいのかな。

A そんなのいいですよ。おごりますよ。

H いいやつだなあ。

T ほんと。

A 好感度急上昇だったりして。

T ふふふ。

H しまった。


3回にわたってお届けした座談会も今回で終了です。編集部員A抜きの、対談にすればよかったと思っても後の祭。釈然としないものが残ってしまいました。わたしのイイ話よりもソフトドリンクのほうが強し、だなんて……。
気を取り直して、次回からは随筆に戻ります。では、また。






●ヒットカウント激増の奥の手伝授● 8月11日

 先日、「Long Interview 著者に訊け!」のために櫻井公さんとお話してきました。くわしい内容は別ページでご案内のとおりですが、とにかく驚かされたのは、段ボール箱いっぱいの手紙やはがき。三百通はあったと思います。
 最初の自費出版から十年以上たつというのに、まだ感想が寄せられているというからたいしたもんです。
「ロングセラーだよね」と、本気とも冗談ともつかない口調でご本人がおっしゃっていましたが、息の長い本であることはたしかでしょう。

 どんなかたちであれ、作品を発表する醍醐味はこのへんにありそうです。作品がひとり歩きし、いろんな人からことばが寄せられる。
 愉快なことばかりではないと思いますが、自分の作品が他人のアクションを引き出したということは喜ぶべきことでしょう。
 櫻井さんの場合は、自費出版であるにもかかわらず、ツキにも恵まれて数多くの人の目にとまりました。
 いったい、その原因は何か?
 著者に叱られそうですが、この際、内容はさておいて、体裁を中心に考えてみます。

  ・サイズが大きい(A4サイズ、ハードカバー)
  ・シンプルな装釘(カバーなし、帯つき)
  ・本文の活字が大きい(5ミリ角の太明朝体)
  ・文字が少ない(見開きで1話800字程度)
  ・ページ数はそこそこ(約120ページ)
  ・割安感がある(1560円〈税込〉)

 見えてきましたね。
 目立つ・読みやすい・安いの三拍子というわけです。
 そこに内容がともなえば、多くの人が手に取ります。買うかどうかは別ですが……。

 オンライン小説も、「安い」という要素以外はまったく同じだと思います。
 目立たせるのは、みなさんお手のものでしょう。
 横書きという制約はあるにしても、読みやすくする工夫はいくらでもあるはずです。
 しかし、派手な地紋のうえに字が乗っていたり、黒バックに真っ赤な字というのはつらいですね。
 あと、フォントの大きさがブラウザ側で変えられたら文句なしですね。
 このあたりが、人の目にとまるための要素でしょうか。
 でも、デザインとの兼ね合いがあるからむずかしい問題ではありますね。

 年寄りのパソコンユーザーが増えているいま、いっそこうしたらいかがでしょうか。
 トップページで年齢別のページに飛べるようにするんです。
 〈50歳未満のかたはここからENTER〉
 〈50歳以上のかたはここからENTER〉
 なんてふうにして、それぞれ読みやすいように体裁を変えておく。
 そうすれば、「なんて親切なページなんだ! さぞやおもしろい小説が目白押しなんだろうなあ!」と受けること間違いなし。
 ヒットカウントはうなぎのぼり。
 なるほど、と思ったオンライン作家のみなさんは、ぜひ、トライしてください。
 わたしが真っ先にお邪魔させていただきます。

 これは、老眼ものがラクしたいがための布石でも陰謀でもありません。
 邪推は無しってことで、どうかよろしく。






●コンピュータにダニアース!● 8月21日

 まるでお盆休みを狙いうちしたかのように、強力なコンピュータ・ウイルス「ブラスター」が出回りました。多数の個人ユーザーがえらい迷惑をこうむっているそうですが、みなさんのパソコンはいかがですか。

 小心者ならではの慎重深さで、わたしは二日に一度はウィンドウズとウイルス対策ソフトのアップデートサイトを訪れていました。
 おかけでことなきをえ、「備えあれば憂いなし。転ばぬ先の杖。遅かりし由良の助」なんて威張っているわたしに、編集部員Aがとんでもないことを言い出しました。

「ウイルスも怖いですけど、スパイウェアもえげつないですよ」

 スパイウェア? なんですか、それは。
 調べてみました。
 フリーウェアなどと一緒に知らないうちにインストールされ、いろいろ悪さをするソフトということです。ユーザーが閲覧したサイトを記録し、業者に勝手に送信するんですね。さらに、ユーザーが関心をもつであろうポップアップ広告をばんばん表示するそうです。オフライン時やサイトを閲覧していないときですらポップアップ広告が開くそうです。

 ウイルスさながらの振る舞いですが、作りがウイルスではないらしいので、ウイルス対策ソフトに引っかかってこないんですね。
 個人情報はばらまかれるわ、コンピュータのパフォーマンスを低下させるわ、設定を勝手に書き換えられるわ……もう、さんざんです。

 なんとかならないかとさらに調べてみると、ありましたよ。スパイウェア検出・削除ソフトが。
 その名も「Ad-aware」。しかもフリーウェア。
 開発元のLavasoft社からミラーサイトをたどって無事、導入しました。
 さっそく働いてもらいましょう。
 マシンのスペックやファイル数にもよるのでしょうが、3分から10分はみておいたほうがいい。
 そして、“ボヨボヨン!”の脱力系アラーム。これが検出終了の合図です。
 点滅するダニの横に数字が出ています。わたしのコンピュータにたかっていたスパイウェアの数でしょう。なんと、その数、58!

 さて、次は削除作業に移ります。消したいスパイウェアにチェックマークをつけて、フィニッシュボタンを押すだけで、スパイウェアはあっさり消滅。
 パソコンのダニアースとこれからは呼びたいですね。
 編集部員Aが言うには、「Ad-aware」は定番ソフトなんですって。もし、ご存じでないなら、試してみる価値は大あり。自己責任で下記へアクセスしてみてください。

Lavasoft社 http://www.lavasoft.de/

 今回は、なんだかとっても役立つコラムになったような気がします。
 こんなご時世ですから、たまにはこういうネタも折り込んでまいりましょう。






●削れるうちが花なのよ● 8月25日

 お盆休み明けから、通信教室生の卒業作品が掲載されています。
テストケースとして、当サイトの準備期間から添削をおこなってきたのですが、めきめき上達しましたね、この人。
 今回は、作者の黄秋生(こう・あきお)さんの諒承をいただいているので、ちょっと突っ込んだ話をいたしましょう。

 最初はたいへんでした、黄さんの課題作品は。
 アイデアはいいんですけれど、書きすぎるきらいがありまして、制限枚数をすぐにオーバーしてしまうんですよ。
 なにをそんなに書くのかというと、登場人物の説明だったり、場面の説明だったり、動作の説明だったり……。さして、ストーリーの進行上、問題がなさそうな部分を書いてゆく。
 添削担当者が本人に訊いてみると、
「自分が描いたイメージを読者に伝えたいから。でないと書いていて不安でしょうがない」
という理由でした。

 よくわかります。書きはじめて間がない人ほど、説明に枚数をつぎこむもんです。
 長篇なら、読者に負担をかけない配慮として、部分的に流れをゆるくしたりしますが、短篇小説でこれをやっちゃうと、無駄に枚数を食うばかり。それに文章が鈍(どん)くさくなってしまいます。

 主人公のいる部屋を説明するのに、四隅をきっちり描く必要はありません。「柱一本と壁一枚でじゅうぶん」というプロ作家のことばもありますが、それすら描かなくてもいい。
 主人公が平均的なサラリーマンで、マンションに住んでいるのだとしたら、

   高橋直也は、リビングのソファに腰を下ろして、安いウイスキーをなめていた。

この一文で、生活水準がわかるし、部屋の広さも想像がつくというものです。
 重要でない描写はワンセンテンスで片づけること、と添削担当者がアドバイスしたときから文章がスリムかつシャープになったそうです。

 人物の容姿にしても、それに意味がなければ書く必要はありませんよね。年齢と肩書さえわかれば、読者は勝手に想像してくれます。
 黄さんの『矩形の墓所』は、まさにそのあたりが堂に入っていた。ネタばれになりそうなので多くは書きませんが、容姿や表情の描写がなされるのは一人についてだけです。それがいっそう効果的でした。

 文章の贅肉を落としてゆく作業は、とても楽しいものです。わたしだって、この文章をまとめるにあたって、ゆうに200字は削ってますもん。楽しくって涙がでますよ、まったく。
 一発執筆。推敲も校正も不要。なんていう次元に行き着くのはいつの話でしょうかね。






●ひと夏の収穫● 8月30日

 先日、なにげなく訪れたサイトで、擬音がひじょうにうまい作品に出会いました。
 ひさしぶりに目から鱗が落ちた気分です。擬音の効果というものについて考え直すきっかけになりました。

 これまでに読んだ小説で、擬音で驚かされたのは筒井康隆さんの『万延元年のラグビー』でした。桜田門外の変での斬り合いのシーンは、一度読んだら忘れられません。擬音というよりもサウンドイフェクトを文字にしたようなものでした。

 擬音ほどむずかしいものはなく、手垢のついた表現か、ひとりよがりなものになってしまいがちです。
 とくに、シリアスなストーリーに擬音は鬼門。文字にはダイナミックレンジもドルビーサラウンドも関係なしですから、いくら擬音を使おうとも効果なし。むしろ、そこだけ読み飛ばされることだってあります。だって、ストーリー進行の邪魔になるだけですから。

 そう考えると、やはり、擬音はギャグ小説に用いるのが無難ではないでしょうかね。
 しかし、ギャグ小説にどんどん使うべし、と言ってるわけではありません。
 音を文字にコンバートするには、音感の鋭さが欠かせません。言いかえれば、耳のよさ。
 そして、文章のどの位置に組み込むかという計算。
 これができたとき、読者は擬音をちゃんと読んでくれます。そして、笑い転げてくれます。

「擬音はよく使うけど、いまいち効果が……」と思っているなら、いっそ擬音を用いるのをやめてしまってはどうでしょう?
 潮騒、葉擦れ、銃声、爆音、破裂音を、音が聞こえてくるかのように描写する。けっこうむずかしいですよ。しかし、コツがつかめれば、なんだって表現できるようになります。これは大きい。

 さて、冒頭で述べたサイトに掲載されている作品の中の擬音ですが、これはもうほとんどサウンドイフェクトでした。
 場所は町角のラーメン屋の2階。女子高生がこわごわチェーンソーのスイッチを入れてしまうシーン。
 主人公の造形、チェーンソーを手に入れるまでの経緯が、過不足なく描きこまれているので、この擬音が爆発的な効果を発揮するというわけですね。
 はたして擬音なんて必要なのかな、という長年の疑問の答が見えてきたような気がします。

 以上が、この夏の収穫。名付けて“擬音まつり”でした。
 これだから、サイトめぐりはやめられません。
 さて、この週末はどんな才能に出会えますかね? また、ご報告します。
 



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