●2003年7月


「閑々随筆」トップへ バックナンバー インデックスへ




潜水艦乗りよりましかもしれない 7月1日

  2003年7月1日。きょうは記念すべき日になる――そんな予感に、数日前から武者ぶるいが止まりませんでした。

 そう、きょうからタバコが値上げになるんです。これを機に、わたしの唯一の欠点であった喫煙という悪癖と袂を分かつのです。
 思えば二十数年来、紫煙とともに歩んできました。おっと、“紫煙”なんてリリカルな表現をしている場合ではありませんね。タバコを吸わない人にとって、あの煙はまさに瘴気、有害排煙にほかならないわけですから。

 わたしだって、こんなもん吸ってちゃいけねえよなあ、と思ってはいたんです。何度かタバコの値上げを経験しましたが、170円が180円になるくらいのもので、どうせ200円からお釣りがちゃりんだからと気になりませんでした。
 ところがどうです、今回の値上げは。
 300円から五十円玉がころん、だったのが十円玉が3枚ちゃりんになってしまうわけですからね。タバコひとつが300円にほぼ匹敵すると考えると、もうやってらんないですよ。
 やめるにはいい機会です。どこかの国と一緒で、外圧がないと英断がくだせないんですね。

 ただ、いきなりやめることができるという自信はありません。
 なにかいい手は……と考えているときに目に飛び込んできたのが『ニコレット』の広告。
 どうせタバコが吸いたくなくなる香料かなんかが入っているのでしょう。
 それでもいいんです。きっかけですから。完全非喫煙状態になるまでのつなぎになれば結構。

 きょう、買い置きの最後の一本を吸いおえると、その足で薬局に向かいました。
「あの……ニコ」と言いかけただけで、暇をもてあましていた店主はにやりと笑い、レジカウンターの背後の棚をゆびさしました。そこにはニコレットが。
「たかいよ、これ」
 いきなりそれはないだろう。いらっしゃいませ、はどうした? と思いながらも値段を確認すると、「48個入 メーカー希望小売価格3,950円→3,800円! 『ニコレットの使い方』『解説カセットテープ』『ご使用の手引き』付」。
 いらんものがどっさりついてむちゃくちゃたかいじゃないの。わたしの顔色をうかがいながらも、おやじは薄笑いをやめません。
「それはスターターキットですわ」
「こっちの24個入2,100円は?」
「2回目以降のお客さん向け。ただ噛めばええちゅうもんでもないみたいやから」
「噛む? これ、ガムなの」
 そんなことも知らないのか、というふうに、おやじはゆっくりと白髪頭を振りました。
 それからおやじの独擅場です。まとめると、以下のとおり。興味のあるかたは読んでください。

●スウェーデン海軍の潜水艦乗組員が、航海中にニコチン中毒の禁断症状(正しくは離脱症状というらしい)に苦しんだ。火の気なしでニコチンを摂取するために考え出されたのが、始まり。

●ガム以外にも、パッチ(貼るだけでって一時期盛り上がりましたね)、点鼻剤、吸入剤、舌下錠剤などがあるが、ガムがいちばんポピュラー。

●ガムに含ませたニコチンを口の粘膜から吸収し、禁煙時のニコチン離脱症状)を緩和する。

「けど、タバコのかわりにガムを噛んでちゃ同じこととちゃう? むしろタバコよりたかいし」
「これは禁煙を助ける薬なんですわ。噛みタバコとはちがいますよ」
「ニコチンの純度は?」
「さあ、そこまではわかりまへんな。含有量は一個2ミリグラムらしいですわ」
「ずっと使わなあかんの?」
「禁煙補助剤いうてまっしゃろ。3か月が目安やそうです」
「やめられなかったら?」
「タバコを吸うたほうが安上がりちゃいますか」
「なるほど。すんません。ほな、また」

 商売気があるのかないのかわからないおやじでしたが、ニコレットのことはよくわかりました。要は禁煙する意思がなければ、高価な噛みタバコになってしまう、ということですね。

 足許をすくわれたような気がします。
 あれさえ買えばタバコとはおさらば、という安易な着想が悔やまれます。
 禁煙するぞという強い意志もなく、タバコの値上げをきっかけにやめちゃえ、という軽さ。忸怩たるものがありますね。
 すでに自動販売機は新価格に貼りなおされて、ときすでに遅し。唯一の救いは、編集部員や家人に、禁煙を高らかに宣言しなかったことくらいでしょうか。

 記念すべき日になるはずだったのにな……と落としかけた肩が、ぐぐっと盛り上がってくるではありませんか。
 これを妙案と言わずしてなんと言おう。
 禁煙補助剤はガムでなければならないいわれはありません。タバコでいいじゃないですか。
 そう、減らす! 本数を減らす! だらだらすわずに、本当に吸いたいときだけ吸う。すると、本数が減る。だんだん減る。あれ、最近はいつ吸ったんだっけ? となればこっちのものです。
 スウェーデンの潜水艦クルーのみなさんのような危険な職場ではありませんから、これくらいできるんじゃないですかね。
 きょうはほんとうに記念すべき日になりそうです。(なるのか?)






オンデマンド編集長 7月2日

「書評集を出版したいのだが、インターネットの世界での評論活動はどういう状況になっているのかな」
 きょう、知人がそんな電話を寄越してきました。パソコンのパの字も知らない男だったのに、こんなことを言うまでになるとは……。
 ひたひたと押し寄せるITの波を実感しながら彼に会った結果、波どころか水たまりひとつありませんでした。

 彼が言いたかったのは、「印刷物としての書評集を出したいが、インターネットで書評などをやっている人はいるのかいないのか」ということのようでした。出すのなら紙はやめて「梓」から出しなよ、と言いたいのをぐっとこらえて、印刷物にこだわる理由を訊ねました。
「ネット上だと流動的な気がするんだ。印刷されてこそ文章が固定されるんじゃないかな」
 うーん。彼のような人がペーパーレス社会の到来を阻んでいるのでしょう。
 モニターに映し出されるドットの集合体はバーチャルにほかならず、紙に印刷してこそリアルだと信じているんですね。

 しかし、印刷するにはまとまったお金が必要です。とくに、リスクをしょいこむ印刷所は、一見さんの仕事は前金でというところがほとんどです。安く上げようと思えばレイアウトも自分でやらなければなりませんし、紙の選択から装釘(そうてい)まで、すべてに責任をもたざるをえなくなります。たいへんですよ、自費出版は。

 そんなことを説明したあとで、自分のホームページを作ることを提案しました。インターネット環境をととのえさえすれば、あとはやる気。お金だってかかりません。それにネットなら、気のすむまで推敲や校正をおこなうこともできますしね。

 しだいに彼の表情が険しくなってきました。ネットのメリットを強調することは、印刷による出版のデメリットを強調することに等しいということに気がついたときは手遅れです。
「ネット、ネットと言うけど、ネットじゃ製本はできないだろう」
 そういう問題ではないんですが、なりゆきでネット擁護論者と決めつけられたわたしは言わざるえませんでした。
「プリントアウトを印刷すればいいじゃないですか」
 わちゃー。言っちゃった。この人、ワープロ専用機は使いこなせるんです。何百部もプリントアウトを製本しろっちゅうんかいと怒り出しかねません。ああ、口は災いの元。そして、謝罪のことばをさがしているわたしに投げかけられたことばは――。

「え、そんなことできるの?」
 わたしはとっさにオンデマンド出版のことを思いつきました。「……はあ。プリントアウトでもテキストデータでも、持ち込めば一冊からでも印刷、製本してくれるところがありますけど」
「どうしてそれを早く言ってくれないの」
「でも、自費出版なんでしょ。だったら、ある程度の部数が――」
 いらないいらない、と彼は笑いました。
 なんのことはありません。書きためた書評がまとまった数になったから、散逸しないようにまとめておきたかったとのこと。一冊でじゅうぶんなんだそうです。
 それならそうと最初に言ってくれれば、オンデマンド出版のことを説明して、じゃあそういうことでと別れられたものを。日本図書コード(ISBN)と書籍JANコード(バーコード)の個人取得方法まで説明したわたしはなんだったんでしょうか。

 いいんです。ありがとう、と言ってもらえたから文句は申しませんが、彼の最後のひとことが余計でしたね。
「恩に着るよ、オンデマンド編集長」
 それを言うならコンビニエンス編集長だろう、むしろ!






遅まきながら『アザーズ』観みました。【注意! ネタばれ!】 7月5日

 傑作『ムーラン・ルージュ』のあとだけに、眉間に皺をよせている暗めのキッドマンのスチール写真に二の足をふんでしまい、いまごろになってDVDで観たしだい。いろいろネタばれを書いていますので未見のかたはお読みにならないほうがいいと思います。

 英国、チャネル諸島が舞台。イギリス海峡のほぼ中央に位置し、どちらかといえばフランスに近いんじゃないかというロケーションです。
 諸島の一つ、ジャージー島に建つ豪壮な屋敷で物語は始まり、そして終わります。

 光アレルギーという異常体質の姉弟のため、屋敷の全居室には分厚いカーテンが掛かり、昼間でもランプ暮らしという、いかにもな設定。ニコール・キッドマンは、その母親。
 この幼い姉弟が日光をドバーッと浴びる瞬間がやってくるに違いないと観客に思わせながら、ストーリーは強引に一点に収斂していきます。

「うそ、“あの映画”まんまやっちゃうの?」と思わず口に出してしまいました。
 しかし、“あの映画”より子供に救いがない点でまったくハリウッド的ではありませんね。監督がスペイン人(アレハンドロ・アメナバール)であり、制作もアメリカ、スペイン、フランス合作であることも影響しているのでしょうか。もっとも、あのプロットですべて丸く収まるハッピーエンドなどはありえませんけれど。

 もういっそのこと、現世の住人たちも画面に映しちゃったらどうかと思う。
 現実と霊界が一つの屋敷で重なり合っているが、互いの干渉はない(けど音が聞こえたり、娘には姿が見えたりする)という設定も、よくわかりません。
 観客の注意を別の方向に誘導していることは理解できますが、ちょっとフェアではありません。

 そして、クライマックス。ニコール・キッドマンの目の前に現実世界が立ち現れて一挙に破局へ! 霊媒師のパワーが結界を破ったからでしょうけど、現世と霊界との線引きがあいまいなままだから、なぜそうなったかはこちらが勝手に想像するほかありません。
 飲み食いのシーンや、刺繍針で指をつついて「あいた!」というシーンを織り交ぜながら霊界の住人ぽさを極力消し去ろうとしているけれど、じゃあいったい食い物や日用品はどのように入手していたのかという疑問も残ります。

「こまかいこと言わずに楽しんでくださいよ」とでも監督は言いたいのでしょうか。
“あの映画”にしても、このような不整合がつきまといがちでした。霊界モノはむずかしいんでしょうかね。でも、客を騙すならうまく騙してほしいものです。
たぶん、プロットを練っているうちにめんどくさくなってしまうんでしょう。もともと破綻しているだけに。

 ところで、いったいあの旦那の一時復員はなんだったのだろう。ミスディレクションのだめ押しのつもりが、物語の構図をばらしてしまっては世話がありません。
 ひょっとして……蛇足? 蛇に足があるなら幽霊にもってか? という、ひねりのない冗談しか出てきません。

 シャイニングとシックスセンスを足しまして、ゼロを掛けて元の木阿弥。合掌。






漢字暗黒騎士団の逆襲(上) 7月7日

 編集部にお寄せいただいた原稿に、和語がきちんとひらかなで書かれたものがありました。こんな著者がいらっしゃると、なんだかうれしくなりますね。

 和語とは、日本本来のことばをさします。たとえば、“とぶ”。“飛ぶ”とか“跳ぶ”とか書き分けたりしますが、これは純然たるやまとことばですから、無理に漢字を当てはめる必要はありません。
 だって、話すときにいちいち飛か跳か考えてはいませんよね? 文脈で判断されますからひらかなでじゅうぶんです。
 しかし、こういう書き分けに異常に神経質になる人がいる。写真を“撮る”、留守録は“録る”、物を“取る”、泥棒は“盗る”、その他もろもろです。こういう人は漢字を日本語だと思っているのでしょうね。字のないときに漢字が入ってきたものだから、便利だとばかりに日本語を漢字にはりつけただけなのに。

 しかし、和語をすべてひらかなで書いていては読みにくい文章になることもあります。そんなときは、わたしだって漢字を使いますが、最小限にとどめています。
 漢字が書ければ偉いなんて時代はとっくに終わりました。漢字は書けるよりも読めるほうが偉いんです。それをわたしたちに教えてくれたのはワープロでした。同音異義語のややこしさとかね。

 そんな日本語変換システムも同音の候補があるときは、ずらっと用法が出るようになっています。熟語の同音異義語の手引きならありがたいのですが、和語の宛字までしっかりカバーしているからなにをか況や、です。漢字暗黒時代に逆戻りじゃないかと思うのはわたしだけでしょうか。

 この項、つづきます。






漢字暗黒騎士団の逆襲(下) 7月8日

 熟語(熟字)が増えているのも考えものです。外来語の氾濫なんてずっと言われつづけていますけど、熟語の氾濫を憂う人をあまり見かけないのが残念です。

 コンピュータの影響あり、とわたしはにらんでいます。といってもワープロでかな漢字変換が楽になったからとか、そういう意味ではありません。
 コンピュータ用語の影響といったほうが正確ですかね。

 ソフトを使えるようにすることが「起動」。
 オプションの機械を新たにつなげるたびに「認識」させなくてはならない。
 メールにファイルをのせることが「添付」。
 メディアをまっさらにすることが「初期化」または「消去」。

 字を見れば、そりゃだいたいのことはわかりますよ。しかし、耳で聞いたらなんのことやらっていうことばが熟語なんですね。会話においては使い勝手がひじょうにわるい。しかし、コンピュータや携帯電話のマニュアルのせいで、熟語を会話に用いることの敷居が低くなっているようです。
「電車にのる」を「電車に乗車する」と言ったり、「朝、起きる」を「朝、起動する」と言うのがあたりまえの世の中になるかもしれません。ま、これは冗談ですが。

 しかし、役所の書類が平易な文章になっているというのに、逆に民間レベルで熟語が氾濫するなんて皮肉なことでもあります。
 話しことばでは使いづらいけれど、書きことばではじつに便利。漢字を取り入れてしまった日本人の宿命……いや、腐れ縁とでも申しましょうか。

 腐れ縁じゃしょうがない。漢字のダークサイドに気をつけながら付き合ってゆくしかないようです。






キーボードでハイに……なれる? 7月11日

 新企画「Long Interview『著者に訊け!』」が満を持してスタートしました。創作の秘密、アマチュア作家の本音などを、ぐいぐいと引き出します。

 宣伝はこれくらいにして。陶広志さんのインタビューにうかがった折りに執筆環境を拝見したんですが、小さいキーボードが気になりました。
 コンパクトキーボードですからテンキーもファンクションキーも矢印キーもありません。ほかのキーとの兼用になるそうです。
 ノートパソコンのキーボードみたいですが、厚味は普通のキーボード並。フルキーボードのメイン部分だけを切り出したような形でした。パソコンショップのキーボードコーナーに置いてあるような薄く小さいものとはまったく違います。

 なんというキーボードなのか訊いたわたしがばかでした。陶さんのマシンガントーク、炸裂です。
 なんでも、ハッピーハッキングキーボードという代物らしく、プログラマー御用達の逸品とか。
「もう最高ですよ。キーボードショートカットと併用すれば、キーボードからいっさい手を離さずにほとんどのことができますからね!」と、陶さん。

 たしかに、普通のキーボードではファンクションキーや矢印キーを押すときに、ホームポジションが崩れます。しかし、プログラムを打ち込んでいるわけじゃないんだから、ちょっとぐらい大目に見てやってもいいじゃありませんか。

 ところが、頼みもしないのに「打ってみる?」と、陶さんがパソコンの電源をいそいそと入れはじめました。他人様(ひとさま)の挙式披露宴ビデオあるいは子供の成長記録ビデオの上映会に付き合わされるときによく感じる悪寒に襲われました。

 “メモ帳”のウィンドウにぽちぽち打ちはじめたんですが、キーのサイズやピッチはフルキーボードと同じなので、快適に打てました。
 左[Ctrl]が[Caps Lock]の位置にあるのもなかなかうまい工夫です。
「Back spaseとDeleteが兼用ってのにとまどうけど、慣れれば問題なし」と、陶さんご満悦。
 文章を打っていてよく使うのが、コピー、カット、ペースト。
 さっそく試しましたが、なんと右[Ctrl]が無い! ということは、左小指で[Ctrl]を押しながら左人さし指でCやXやVを押さなくてはならなくなります。これじゃタッチタイピングはできんだろう。

「そこなんだよねえ。ここでキーボードをちらっと見ざるをえなくなるのよ」
 もの悲しそうにつぶやく陶さんに、つい余計なことを言ってしまいました。
「こんなのに慣れちゃうと、職場のキーボードが使えなくなるんじゃないですか」
 そのときの、陶さんの不敵な表情はいまだに網膜に焼きついています。
「同じものを買ったんだ。自腹で。だから、いつでもどこでもハッピー。これがホントのハッピーハッキングキーボードタイピング!」

 いつでもどこでもと言い切れるか? 自宅と職場の計2台だけだろ、と思いましたが、もちろん大人のわたしは「よかったですねえ」と笑ってうなずくのみ。
 コンピュータがうながす加速への欲求に、陶さんも相当やられているようです。

 キーボードに凝るのもいいけれど、次作のほう、お早くお願いしますね。ではでは。






セミにエールを 7月15日

 梅雨明けを待たずして、ここ大阪でも蝉が鳴きはじめました。
 あとひと月もしないうちに、やかましいほどの蝉の声が公園などでも聞けるようになりますね。本格的な夏の到来を痛感すると同時に、あの声にもののあわれを感じるかたも多いと思います。

「土の中で何年間も過ごし、地上に出てきたらたった7日の命か……」と。

 無益な殺生を諫めるために、こどもにそう言い聞かすのならわかりますが、まさか、本気で地上がベストだとは思ってませんよね?
 蝉にとって地上での暮らしがすばらしいものだとしたら、とっくに地上ライフ満喫型に進化しているはずです。しかし、いまだに地中暮らしをあらためようとはしません。

 なぜか? 蝉にとっては、地中のほうが住みやすいからにちがいありません。
 木の根っこから樹液を吸っているだけの生活なんて、もう極楽です。どんなに時化ようと海中がおだやかであるように、土の中の環境もほぼ一定しているはずです。
 食ちゃ寝食ちゃ寝があたりまえだったのに、単に生殖のためだけに地上に出ていかなくちゃならない。
 そして7日間――実は1か月ちかく生きているそうです――で昇天。
 こんなことなら土中にいればよかったと、幹に止まりながら後悔しているにきまっている。わたしだったら遺憾千万と身もだえしますよ、きっと。

 そういう意味で、蝉の声を耳にするともののあわれを感じますね。
 もう少しの辛抱だぞ、あしたこそ楽になれるかもしれんぞ、と胸のうちで手を合わせたりもしています。

 ぐうたら者が放つ惻隠シンパシーは、ちゃんと蝉たちに伝わっていますかね。伝わっていたとしても、ひじょうに迷惑だったりして。

 妄想の夏、日本の夏は、これから本番です。暑気あたりには、くれぐれもご注意ください。






●新聞社仕様ワープロ● 7月17日

 まだワープロ専用機が主流だったころの話です。
 外回りの最中に仕事の連絡が入りました。小さいがゆえに大急ぎという、実に身勝手な依頼です。
 夕方からデートの予定が入っていましたから、これから会社に戻って原稿を書くなど悠長なことはしていられません。
 そこで妙案が浮かびました。依頼主の会社の近くに新聞社があり、そこには知り合いの記者がいます。その記者が使っているワープロは、まさにわたしのワープロと同メーカー。
 ちょこって借りてさくさくと原稿を上げ、依頼主のもとに直行すれば時間が節約できます。

 夕刊出稿の修羅場もおさまっていたので、記者はわたしの申し出を快諾してくれました。
 新聞社の近所で待ち合わせして、1時間の約束でポータブル・ワープロを拝借。ノート・パソコンのようにハードディスクを積んでいるわけではないので、おたがい気が楽です。

 原稿が半ばまで進んだころ、“唖然と”という語に変換できないことに気づきました。
 単語候補一覧には“あ然と”しかありません。
 ひょっとして……!
 試してみると、なんと差別語と言われる単語がことごとく出てきません。
 ことばに無頓着な一部ユーザーへのメーカーの啓蒙的配慮でしょうか。それにしても、“あ然と”はあんまりです。現に、機種こそ違え、わたしのワープロでは変換できたんですよ。

 ここでぴんときました。これは特殊な辞書のせいだ、と。
 差別語でもないのに、マスコミに差別語扱いされつつあった単語を狙い撃ちしてみたところ、まったく変換できません。
 このワープロの辞書に、そんな日本語は存在しないというわけです。いわば“新聞社仕様”です。

 うっそー! と思いましたね。
 語の成り立ちを知ろうともせず、語感だけで差別語に勝手に認定し、そのうえ抹消ですか。
 変換の癖というより、新聞社の思想の押しつけを感じて、わたしはワープロの電源を落としました。
 こんな得体の知れないワープロが使えるか、ですよ。
 もちろん、原稿もぱあです。

 約束の時間にワープロを受け取った記者が苦笑しながら言いました。
「ちょっと変換に癖があったでしょ。やばそうなことばをぜんぶ削っちゃったんですよ、自主的に(!)。メーカーの知人に依頼して、システム辞書に手を入れてもらって。けっこう苦労しました」

 新聞社じゃなくって、きみの押しつけだったのね。
 わたしは大急ぎで会社に取って返し、原稿を仕上げ、ファックスで確認を取り、仕事を完遂しました。
 でも、デートはお流れになってしまいました。

 若さゆえの潔癖さは、ときには空回りするもんです。






●サイトリニューアル御礼 納涼特別鼎談「貞子編」● 7月25日

出席者/いつもの編集長(文中H)、いつもの編集部員(文中A)、通信教室担当(文中T)

A お、このタイトル。3人で怪談大会でもやるんですか。

H 納涼ときけば怪談ですか。発想が貧困だね、あいかわらず。

A じゃあ、編集長は、納涼と聞けば?

H ……やっぱ怪談だな。

A ほら。

H それも都市伝説みたいなやつじゃなくて、『東海道四谷怪談』とか『怪談累ヶ渕』とか、日本人の心を震えあがらせるのがいいよね。

A 貞子が出てくるやつなんかどうです。ずるずるって井戸やテレビから出てこられた日には……。

H そういうの、あったね。映画のほうだったかなあ、呪いのビデオ映像を解析するシーンでさ、「これは念写だ!」って気づくわけ。

A はいはい。映像に瞬間的な黒みが入るんですよね。

H まばたきが、そのノイズの正体だったんだよ。あれで一気に萎えちゃった。かんべんしてくれよ、と。動画念写がどうこうというんじゃない。なんで脳が作り出した映像にまばたきが入るんですか? 目をつぶって念写すれば画面は真っ黒ですか?

A 言われてみれば……。ぼちぼちリニューアルの話に移りませんか。それに、これじゃ対談ですよ。

H ふふふ。まだ気づきませんか。すでにリニューアルのネタを振っているというのに。

A どこがネタですか。単なる与太話じゃないですか。

H 整合性のことを言ってるんですよ。念写の話は。今回のリニューアルの目玉は、通信教室の登場です。そこでは、整合性、構成力……と、あとなんだったっけ?

T 表記法です。出番がないまま終わるのかと心細かったんですよ。

H まさか、こんな美人をほったらかしにするはずはないでしょう。

A セクハラ発言。

H いらんことを言わなくてもいい。ところで、通信教室ってどんなことするんですか、なんていう質問は白々しいので、しません。見りゃわかるっていうのがホームページのいいところですからね。

T この時期にリニューアルする予定だったんですか。

H ページも増えてきたのがいちばんの理由かな。リンクボタンばっかり増やせないし。

A マックでリンクがきかないことがありましたよね。

H いらんことを……。最初は3か月をめどに大規模なマイナーチェンジをする予定だったんですが、そういう中途半端なことをせずに一気にやっちゃえ、と。

T 編集長の鶴の一声で?

H そんなわけないでしょう。「長」がついてますけど、ぜんぜん偉くないんだから。ほとんど留守番要員ですね、わたしは。

A そう、ひがまなくても。おかげで好きな随筆が書けるじゃないですか。

H 今回のリニューアルで、それどころじゃありませんよ。めどは3か月のはずなのに、実際は2か月半に前倒し。もうたいへんなんすから。

T それ、ひょっとして、林家三平……の真似?

A これやられると、リアクションに困っちゃうんですよね。

H とにかくたいへんだったの! サイトって、けっこう字が多いからね。文芸サイトの管理運営ってたいへんなんだろうねえ。

A こまごました部分まで作り込んだうえで作品も、ですから。個人でやってる人を尊敬しますよ。

T MIDIまでつけている人もいますよ。夜中にアクセスすると心臓に悪いんですけどね。

H 貞子までつけてる人がいるよ。夜中にモニタからずるずると……。

A・T つまらん。おまえの冗談はつまらん。

H 大滝秀治! に、似てるなあ。

A というところで、きょうはお開きにしましょうか。

T この項、つづきます。






●サイトリニューアル御礼 納涼特別鼎談「批評とは編」● 7月29日

出席者/いつもの編集長(文中H)、いつもの編集部員(文中A)、通信教室担当(文中T)

H 今回も座談会ですか。「編集長はきょうも雑談」にタイトル変更しちゃいましょうか、いっそ。楽だし。

T まあまあ、そうむくれずに。リニューアル記念ですから。

A そ。縁起もんじゃないですか。

H 縁起ものっていうのか、こういうの? で、今回のネタは?

A 批評について考えよう、というテーマです。

H お、いいじゃないの。考えてるねえ。

A Tさんの提案です。

H やっぱりね。

T 文芸サイトを訪ね歩いているときに、「感想ではなく批評をください」ってコメントしてる作家がいるのを見つけたんです。それも、一人や二人じゃないんですよ。

A 根性あるなあ。匿名で批評されるなんて、なに言われるか知れたもんじゃない。

H お願いするほうだってハンドルだから、匿名みたいなもんでしょう。

T 本名を明かしていないというだけで、サイトは人格そのものです。匿名のメールや書き込みとは立場が違うんですよ。

H なるほど。で、どんな批評が寄せられてましたか。

T きちんとした批評もあれば、揚げ足をとっているだけのものもあったり、質はさまざまです。

H 質っていうか、姿勢だよね。批評する側の。

T そこで、「批評をください」じゃなく「オンライン小説 批評します」というキーワードで検索をかけたんです。批評する側のこと知りたくて。

H・A ほうほう。

T 個人のサイトでいくつかありましたよ。作家に納得ずくで作品を提供してもらい、サイト上で批評するというケースですね。

A うわあ。いたたまれないなあ。ぼくだったら、気になって不眠症確実ですよ。

T 双方合意のうえだから、それはそれで、ありだと思うんです。作家のほうも心の準備ができてるでしょうからね。そうじゃないサイトもあるんですよ。

H あるよね。フェアじゃないのが。

T 文芸サイトから作品をピックアップして批評しているんですよ。点数までつけて。

A 奇特な人もいるもんですね。そのサイトが紹介した作品を読めば、だいたいハズレなし、と。

T そんな作品紹介サイトじゃないのよ。点数の低い作品も載せてるしね。

H 読んではいけないってわけですかね。

T 取りようによっては。

A 書評って、ふつうは筋のいい本を取り上げるんじゃないんですか。

H プロはね。けなしてたって、読者には意味がありませんから。叩く場合は、明らかな誤りをただすときくらいかな。いずれにせよ、アマチュアの小説をサイト上でこきおろすのは、お行儀がよろしくありませんな。

T 最初、意味がわからなかったんですよ。そんなことして何になるんだろうって。

H 今はわかってますよね。きみはわかった?

A いきなり振らないでくださいよ。ええっと……そう! ネタじゃないですか、その人にとっての。

H ピンポーン! 早い話、日記サイトの変種だよね。見たもの読んだものの批評で自己表現しようというもの。

A 映画批評とか書評とかはどうです?

H それは当然の権利です。お金を払ってるんだから、文句を言う筋合いはある。「カネ返せ!」だって立派な批評ですよ。本気で請求する人はいませんけど。

T オンライン上で販売されている小説なら、いくら批評してもいいと思うんですよ。でも、「感想もらえればいいな」という、ささやかな気持で掲載している作品を勝手に批評して公表するというのはちょっと……。

H 災難ですね。でもね、気にしちゃいけません。ネタをくれてやったと思えばいいんです。ほれ、食えっていう感じですか?

T 他人のふんどしで相撲をとってるわけですもんね。

A 大胆発言!

H 相撲はふんどしではとりません。あれはマワシでしょうが。

A とにかく、この項、つづきます。

H・T つづくの?

A これ、いちど言ってみたかったんですよ。てへ。



「閑々随筆」トップへ バックナンバー インデックスへ
Web Publishing AZUSA (C)2003-2017  All rights reserved.